第108話


その日の冒険者ギルドはいつもと明らかに様子が違っていた。


Sランクへと昇格してからも、俺は精力的にクエストをこなしていた。


Aランクの時と違い、Sランクへ上がると逆に受注するクエストを探すのが大変になってくる。


Sランク相当の報酬の出るクエストはそうそう現れるものではない。


なので受けられるSランクのクエストが発注されるまでは、俺はこれまで通りAランクのクエストを受けて冒険に挑んでいた。


その日も早朝から俺はSランクのクエストが発注されていないか確認するためにギルドを訪れていた。


最近、俺がギルドに現れると必ず誰かしらに絡まれるようになった。


大抵が冒険者パーティーへの勧誘で、Sランクとなった俺をなんとか仲間に引き入れようとあの手この手を駆使して気を引こうとしてくる。


俺は今の所誰かと冒険者パーティーを組む予定はないので全て断っているのだが、それでも俺を勧誘しようとする冒険者は後を経たない。


今日もまずギルドに入ったら誰かしら声をかけてくるであろう冒険者たちをあしらうのが先になるだろうとそう思っていたのだが、不思議なことに誰も絡んでこなかった。


昨日までならギルドにやってきた俺の姿を認めて、冒険者たちが噂話をし始めたり、ジロジロ見てきたり、声をかけてきたりしたのだが、そういうのが一切なかった。


違和感を覚えた俺は、逆にギルド内の冒険者たちの様子を観察する。


彼らの視線はある一方に集まっているようだった。


「おい、あれ…見ろよ」


「黒衣の騎士だ…」


「あいつが噂の…」


「初めて見たぜ……」


「前にギルドにやってきたのっていつだった…?」


「あれが黒衣の騎士、ロイドなのか?」


「ロイドだ…」


「何をしにきたんだ…」


「数年ぶりにギルドにSランク冒険者様がお出ましだ…」


「どこに雲隠れしてやがったんだ…」


「まだこの街にいたのか」


冒険者たちの視線の集まる先を俺も見る。


「…」


そこには黒い衣装を見に纏った一人の男が、無言で佇んでいた。


冒険者たちの視線をその一身に集め、目を閉じながら何をするでもなくそこに立っている。


黒衣の騎士。


ロイド。


そんな単語があちこちから聞こえてきた。


有名な冒険者なのだろうか。


俺は首を傾げながら、その側を通り過ぎようとする。


「お前だな」


「…?」


黒衣の男の側を通ろうとした時に、低い声が俺に向かって発せられた。


横を見るといつの間にか閉じられていた黒衣の男のめが開いていた。


鷹のように鋭い目がしっかりと俺を捉えている。


「新しくSランクに昇格したという男……お前

で、間違いないな?」


「…えっと……どちら様でしょうか」


いきなりそんなことを言われて俺は戸惑ってしまう。


ずっと直立不動だった黒衣の男は、まるで石化の呪いが解けたかのように動き出し、俺の方を向いた。


「俺はロイド。冒険者だ」


「はぁ」


「件のSランク冒険者……お前のことだろう」


「えっと……件のSランク冒険者…かはわからないですが、はい……俺は一応Sランクですよ」


「やはりか。探したぞ」


「…?あの、どうして俺がSランクだとわかったのですか?誰かに聞いたのですか?」


「いや違う。入ってきてすぐにわかった。俺を除けば、お前が一番この中で強い」


ロイドは当たり前のことのようにそういった。


俺を捉える目力がどんどん強くなっていく。


謎の緊張感が場を支配していた。


俺はごくりと喉を鳴らしてしまう。


「強いものの気配はすぐにわかる。お前は間違いなく強い」


「ありがとうございます…?」


「来てよかった。新しくSランクになったやつがいたと聞いたのでどんなものだろうと確認しに来たのだが……お前からはかつてない強者の気配を感じる」


「は、はぁ」


「そういうわけだから、ついてこい。すぐにでもここを出よう」


「はぁ…?」 


ロイドがそう言って勝手に歩き出した。


俺は全く状況が飲み込めず、その場に立ち尽くしてしまう。


「早くこい。何をしている」


「いや、どこへいくんですか?」


「どこでもいい。思う存分に戦える場所ならば」


「戦う…?何とですか」


「そんなの決まっているだろう。俺とお前が戦うんだ」


「…???」


全く意味がわからなかった。


どうしていきなり俺がロイドと戦わなくてはならないのだろうか。


まさかシスティーナが送りつけてきた刺客か何かなのだろうか。


そう思ったのだが、ロイドにはそんな雰囲気は微塵もなかった。


「どうして俺とあなたが戦うんですか?」


「俺がそうしたいからだ」


ロイドが言った。


俺はかぶりをふった。


「俺は戦いたくありません」


「負けるのが怖いのか?」


「いや、そうじゃなくて……戦う理由がないです。俺はあなたのことを何も知りませんし……今日は普通にクエストを受けにきただけなので…」


「金が欲しいのか。それならばこれをやろう」


ロイドが腰に下げていた革袋を俺に投げてよこした。


キャッチするとじゃらりと音がなった。


金貨の音だ。


しかも相当な量が入っていると見える。


「先払いだ。それをやろう」


「え……これを全部?」


「ああ」


ロイドはあっさりと頷いた。


「クエストを受けるよりも金になるだろう。さあ、ついてこい」


「…」


俺は迷った末にひとまずロイドについていくことにした。


〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る