第105話
Sランク昇格試験に臨むことを俺はシエルにもルリィにも告げなかった。
石山でドラゴンを一人で討伐するのがSランク昇格の試験内容だと二人に知れたら要らぬ心配をさせるだろうと思ったからだ。
早朝、俺はいつものようにシエルとルリィに挨拶をして家を出ようとする。
「それじゃあ、行ってくるぞ、二人とも」
「行って、らっしゃい……気をつけて」
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
シエルは小さく手を振り、ルリィは丁寧にお辞儀をする。
俺は二人の頭を軽く撫でてから家を出た。
そして街の東にある石山を目指した。
石山には数時間ほど歩いて到着した。
険しい道のりを俺は進んでいく。
石山にはいくつもの穴がぽっかりと開いており、それらは洞窟になっているようだった。
俺は適当に決めた穴から石山の内部の洞窟へと足を踏み入れる。
「ストーンドラゴンか……どんな見た目のやつでどこにいるんだろう…」
俺は気配を探りながら、暗い洞窟の中をゆっくりと進んでいく。
洞窟は下ったり上ったりしており、自分が今どこにいるのかだんだんわからなくなってくる。
俺は迷路のような石山の洞窟の中を、どこにいるのかもわからないストーンドラゴンを探して彷徨った。
『グルルルルルル…』
「…?」
低い唸り声が下の方から聞こえてきた。
俺はぴたりと歩みを止める。
『グルルルルル…ルルルルルル…』
「いるな…」
風の音かと思ったが違う。
明らかにそれは巨大な何かの唸り声だった。
俺は周囲を見渡し、その唸り声がどこから聞こえてくるのか、耳を澄ます。
唸り声はどうやら、近くに開いた人が一人通れるぐらいの穴から聞こえてきているようだった。
「ここか…?」
俺は穴の中を覗き込む。
真っ暗で何も見えない。
だが唸り声は確かにその穴の中から聞こえてきていた。
俺は近くにあった石を拾って穴の中に落としてみた。
ゴッ
何かに石がぶつかった鈍い音がした。
ぴたりと唸り声がやむ。
「…!?」
パチリ、と。
穴の中で何かが開いた。
それは視界を埋め尽くすほどの巨大な目だった。
暗闇の中ではっきりと光る大きな眼球が、ばっちりと俺のことを捉えていた。
「あ…」
まずい。
そう思った次の瞬間…
『グギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
「…うおっ!?」
突然足場が崩れた。
巨大なモンスターの咆哮とともに、グラグラと石山全体が揺れる。
ドガァアアアアアン!!!
ガシャアアアアアアアアアアンン!!!
洞窟が崩落する。
複雑に入り組んだ迷路のような洞窟の壁や地面が破壊され、巨大な空間ができる。
そしてその中心で、一匹のドラゴンが荒れ狂っていた。
俺はなんとかその辺の岩に剣を突き刺し、体重を支えながらそのドラゴンの方を見る。
『グギャアアアアアアア!!!』
「こいつか…!」
全身を岩のような鱗で覆ったドラゴン。
その体色は、石山とそっくりで、もしじっとしていたら岩の一部だと見違えてしまうだろう。
聞いていた見た目と完全に合致する。
どうやらこいつが討伐対象のストーンドラゴンで間違いなさそうだ。
『グギャァアアアアアアアア!!!』
ストーンドラゴンは眠りから目覚めさせられたことで機嫌が悪くなっているのか、尻尾を振り回して暴れ回っている。
洞窟の通路が完全に破壊され、足場がほとんどなくなってしまう。
『グギャァアアアアアアアア!!!』
「まずい!?」
俺が岩に刺した剣にしがみついてなんとか落ちずに耐えていると、ストーンドラゴンの両眼が俺のことを捉えた。
腹部あたりが灼熱の色に変わり、周囲の温度が一気に上がる。
「うおおおっ」
攻撃の呼び動作を確認した俺は、ほとんど直観的に壁を蹴って向かい側にあった小さな足場にジャンプした。
着地してなんとか落ちないようにバランスを取る。
ゴォオオオオオオオオオ!!!
向かい側ではさっきまで俺がいた場所が、灼熱の炎によって焼かれていた。
「…っ」
バランスを取り直した俺は、剣を構え、ストーンドラゴンを見据える。
『グルルルルルル…』
ストーンドラゴンが、首をこちら側にむけ、黄色い両眼で俺のことを捉える。
ちょっとまずいと思った。
かつてない難しい戦場で俺は戦わされていた。
このように足場の少ない場所でモンスターと戦ったのはほとんど初めての経験と言って良かった。
ストーンドラゴンが石山の中で暴れて洞窟が破壊されてしまったせいで、しっかりとした足場が数えるほどしかない。
これではドラゴンブレスの攻撃を避けるのが精一杯で、なかなか反撃に出られない。
『グギャァアアアアアアアア!!!』
ストーンドラゴンが咆哮し、そしてその牙の生え揃った大口を開いた。
腹部が再び真っ赤に染まり、周囲の温度が一気に当たる。
またドラゴンブレスの攻撃をするつもりのようだ。
俺は逃げなくてはと周囲の足場を探す。
だが近くに飛び移れそうな足場はなかった。
「くそ…やるしかない……聖剣召喚!!」
逃げ場がないのなら立ち向かうより他にない。
俺は即座に呪文を唱えて聖剣を召喚した。
ドシュゥウウウウウウウ!!!
手の中に、聖剣が出現する。
ゴォオオオオオオオオオ!!!
その直後、炎のドラゴンブレスが俺を襲った。
「はぁっ!!!」
ズバッ!!!
俺は無我夢中で聖剣を振った。
眼前まで迫ったドラゴンブレスが真っ二つになる。
「ぉおおおおおおお!!!」
切り裂かれたドラゴンブレスの先に、ストーンドラゴンの頭が見えた。
俺は足場を蹴って飛び降り、ストーンドラゴンの頭へ向かって落下していく。
「おらぁ!!」
『グギャッ!?』
ストーンドラゴンの頭部へと着地した俺は、そのまま聖剣でストーンドラゴンの頭を脳天から顎へかけて串刺しにした。
聖剣は硬い鱗を容易に貫通し、ストーンドラゴンの頭蓋を貫いた。
『グギャアアアアアアア!?!?』
ストーンドラゴンは悲鳴をあげ、口から大量の血を吐きながら頭を振って暴れ狂う。
「うおおおっ!?」
俺はストーンドラゴンの頭に刺さった聖剣にしがみつきながら、なんとか振り落とされまいと踏ん張る。
『グ…ォオオオオオ……』
やがてストーンドラゴンの動きが鈍り、ついには力尽きて地面に倒れ伏した。
黄色い両岸から光がきえ、ゆっくりと瞼が閉じられる。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
俺はストーンドラゴンの頭蓋から聖剣を引き抜き、上を見上げた。
ストーンドラゴンのブレス攻撃によって石山の天井の一部が破壊され、そこから光が漏れていた。
光が、死んだストーンドラゴンと石山の底の地面を照らし出していた。
「勝った……ふぅ…」
勝利の実感が徐々に湧き上がってくる。
ストーンドラゴンから飛び降りた俺は、無事に目標を討伐できたことに安堵しながら、討伐証明のためにストーンドラゴンの体から素材を剥ぎ取る作業に取り掛かるのだった。
〜あとがき〜
近況ノートにて3話先行で配信中です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます