第103話
(こっちには全く気づいていないようだな…)
ダンジョンの暗い通路の中を、ガイズは息と足音を殺して進んでいた。
前方には獲物の姿を見据えている。
ガイズは現在、ダンジョンの中で冒険者狩りの獲物を尾行している最中だった。
獲物はガイズの気配に気づくことなく、ダンジョンの下層を悠々と進んでく。
ガイズは隠密スキルによって自分の気配を隠し、獲物に隙がないか虎視眈々と狙いながら後をつけていた。
例えば獲物がモンスターとの戦闘に負傷し、傷を負うなどして窮地に陥れば、ガイズは即座に襲いかかるつもりだった。
目潰しのための毒、目をくらますための煙、離れたところから投擲するための切れ味鋭いナイフ。
自分より戦闘力が上の冒険者を仕留めるための手段を、ガイズは多数持ち合わせていた。
今までこれで数々の冒険者を、隙をついて仕留めてきた。
正面から挑まれる戦闘が得意な冒険者も、窮地に陥ればたちまち対応力が低下する。
格上の冒険者が窮地に陥ったところを、不意打ちで仕留める。
それがガイズのやり方だった。
(しかし…なかなか隙という隙が見当たらないな…)
上層からここまで、もうずいぶん長いことガイズは今回の獲物を尾行している。
だが獲物には、隙という隙が全くなかった。
獲物は上層、中層のモンスターを全く隙を見せず、危なげなく倒した。
ここまでは想定内だった。
今回の獲物は、Aランク冒険者。
上層や中層の雑魚モンスターたちと戦っただけでは、隙を見せたり負傷したりはしないだろう。
ガイズは下層で複数の強力なモンスターと獲物がエンカウントし、自分の不意打ちが可能になるほどの隙が生まれるタイミングをまった。
Aランク冒険者でも下層のモンスターを複数相手取るのは骨が折れる。
モンスターとの戦いで疲弊し切ったところを狙い撃ちにすれば、きっと仕留められるはずだ。
ガイズはそんな目算のもと、ダンジョン下層に足を踏み入れた獲物をつけ回していた。
だが、どうしたことか獲物には全く隙がなかった。
ガイズが手も足も出ないような強力な下層のモンスターを、男は何事もないように倒す。
下層のモンスターの硬い皮膚や分厚い筋肉で覆われた胴体は、獲物が剣を振ると、まるで柔らかい豚の肉かのように断ち切られる。
獲物は、たとえ複数の下層のモンスターに狙われたとしても、全ての攻撃を回避し、全く傷つくことなくモンスターを圧倒していた。
特に凄まじいのが回避能力だ。
その動きは人間離れしており、まるで後ろに目でもついているのかというようなあり得ない動きだった。
獲物が下層のモンスターと戦っている際の動きにはまるで無駄がなく、ガイズは思わず自分の目的も忘れて見入ってしまうほどだった。
(ば、化け物め……こいつを仕留めるのは至難の業だぞ…)
獲物の戦闘力がガイズを遥かに超越しているのはどう見ても明らかだった。
よほどの隙を見て攻撃をしなければ、ガイズは容易く反撃され、殺されてしまうだろう。
ガイズは早まった襲撃は命を投げ出す結果になりかねないと、自制心を働かせる。
(お…あれは…!)
そして、尾行を開始して3時間が経過しようとしていた頃。
ガイズにとって好機と呼べる状況がやってきた。
『『『『オガァアアアアアア!!』』』』
(オーガの群れじゃねーか!!)
獲物がオーガの群れとばったり出会したのだ。
オーガは全身筋肉に包まれた凄まじい膂力を持つモンスターで、下層では最強格と言っていい。
その群れにソロでエンカウントしたのだから、いくら強い獲物といえど、苦戦を強いられるはずだ。
今度こそ獲物は窮地に陥る。
あるいはオーガの群れを討伐したとしても体力を大幅に消耗するはずだ。
そこに隙が生まれる。
ガイズはその隙を逃すつもりはなかった。
ごくりと唾を飲み込み、気配を殺してオーガと獲物の戦闘を観察する。
「聖剣召喚」
獲物が、何かの魔法を唱えた。
距離が離れているため詠唱は聞こえなかったが、何が起こったのかははっきりと見えた。
(は…?)
思わずガイズは声を出しそうになる。
獲物がなんらかの詠唱を行った瞬間、その目の前に突然光り輝く剣が現れたのだ。
どうやら獲物は武器召喚魔法を使ったらしい。
獲物に関する情報を集める際にそんな情報は聞いたことがなかったのでガイズは戸惑った。
獲物は現れた光の剣を手に取ると、オーガの群れに躊躇なく踊りかかっていった。
『『『オガァアアアアアア!?!?』』』
オーガたちの悲鳴がダンジョンにこだます。
(冗談だろ…)
ガイズは口をぽかんと開けて立ち尽くす
光の剣を手にした獲物の動きは、これまでとは一線を画していた。
ガイズは獲物の動きを捉えることが出来なかった。
視認できるのは、光の剣が描く攻撃軌道のみ。
縦横無尽に走り回る光の攻撃軌道は、オーガの群れを全く寄せ付けず、筋肉の鎧に包まれた体を容易く引き裂いた。
気がつけば戦闘は終わっていた。
獲物は無傷だった。
地面には無数の肉片にまで切り刻まれたオーガの残骸が、転がっていた。
「あ…」
ガイズはその場でへたり込んだ。
勝てない。
勝てるはずがない。
あんな化け物を獲物に選んだ自分が愚かだった。
ガイズはどう足掻いても今回の獲物を仕留めることが不可能だとわかり呆然とする。
「あのー……さっきからそこで何してるんですか?」
「…っ!?」
ビクッとガイズの体が震えた。
獲物の視線がガイズの隠れている岩陰を捉えていた。
隠密スキルで気配を消しているはずなのに、獲物は容易くガイズの存在を見破った。
「ずっとつけてきてません…?俺に何か用があるんですか?」
「…っ!?」
「おーい、あなたに言ってるんですよ?」
獲物が近づいてくる。
ガイズは岩陰から出て、両手を上げて後ずさる。
「ち、違う待ってくれ……俺はただ単に道に迷っただけで…」
「そうなんですか?ダンジョンの上層からずっと今まで尾行してましたよね。たまたま道が同じなのかと思って放っておいたけど。ここまできたら流石にそれはないですよね?」
「…っ!?」
「もう一度聞くんですけど、俺に何か用ですか…?」
「あ、いや…その…お、俺は…」
かつてないプレッシャーをガイズは感じる。
死の恐怖で足がガクガクと震え、股間が暖かくなる。
「何か言ってくださいよ」
尚も獲物は距離を詰めてくる。
ガイズは恐怖に硬直する自分の体に鞭打って踵を返した。
「す、すみませんでしたぁあああああ」
「え」
ガイズは背を向けて一目散に逃げ出した。
プレッシャーで目には涙を浮かべ、股間をお漏らしで濡らしながら、情けなく敗走した。
幸いなことに獲物はガイズを追っては来なかった。
それ以降、ガイズが冒険者狩りに手を染めることはなかった。
ダンジョンに一歩足を踏み入れただけで、恐怖で体がぶるぶると震えるようになってしまったからだった。
〜あとがき〜
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