第101話


「クロエさん…家まで送りますよ。どの辺ですか?」


「えぇー…わかんにゃい…」 


「いや…わかんないってなんですか…」


「わかんにゃくなっちゃいましたー…おもいだせませましぇん……ひとばんだけとめてぇー…」


「えぇ…」


クロエは酔ったふりをして男の家に押しかけようとする。


もうこのまま最後まで行ったとしてもクロエは後悔などなかった。


覚悟はすでに決まっている。


他の受付嬢に取られるぐらいなら、もう自分のものにしてしまいたい。


ギルド一可愛い受付嬢、難攻不落の美人受付嬢などと言われたクロエは今や、かつてないほど大胆になっていた。


「わかりました…一晩だけ俺の家で休んでください。一晩だけですよ」


「ありがとうごじゃいますぅ…」


クロエは内心ガッツポーズをとりながら、男のもたれかかり夜の街を歩く。


「つきましたよ」


「ふぇ…?」


男の家はギルドからそう遠くない場所にあるようだった。


クロエは目を開ける。


「わぁ…」


「ここが現在の俺の拠点ですね」


かなり立派な家に男は住んでいるようだった。


中規模の冒険者パーティーが住めそうなほどの豪邸。


男はソロの冒険者のはずだが、どうしてこんな広い家に住んでいるのだろうか。


まさかすでに家庭を持っているのか。


クロエは急に不安になってきた。


「ベッドを貸しますよ。俺はソファで寝るので、一晩使ってもらって結構です」


「ありがとうございましゅ…」


どうやってごねて男を同じベッドに引き止めようか。


そんなことを考えながら、クロエはいよいよ男の家の中に入っていく。


「お帰りなさい、ご主人様」


「おかえり……なさい…」


「え」


二人が家の中に入るなり、玄関で二人の少女が出迎えた。


クロエは酔いも覚めた気分だった。


可愛らしい二人の少女たちは男に挨拶をした後、クロエを見て途端に表情を厳しくした。


クロエは自分がベロベロに酔っているふりをしているのも忘れて、呆然としてしまった。


この子達は誰だろう。


まさか子供なのだろうか。


男の方を見る。


「こっちがシエルでこっちがルリィです。この間奴隷商館に行った時に買いました。実は色々深い事情がありまして…」


男が二人の奴隷少女を買った経緯を手短に説明してくれる。


どうやらシエルという少女と男は元々知り合いで、奴隷商館で偶然再開したらしい。


男はシエルを見つけたその日に、シエルとその友人であるルリィを奴隷商館から買い取って救い出したらしい。


「子供かと思いました…はぁ。よかったです」


「こ、子供じゃないですよ…ははは。って、あれ?クロエさん…酔いは…?」


「…!?ちょ、ちょっとさめてきたみたいでしゅ……まだくらくらしましゅけど…」


「そ、そうですか…?」 


慌てて演技を再開するクロエ。


男は半信半疑ながら、納得はしてくれたようだった。


クロエはほっと胸を撫で下ろす。


(…あら?どうしてそんなに睨むのかしら)


クロエは自分に突き刺さる二つの厳しい視線に気づく。


シエルとルリィ。


そう紹介された二人の少女が、なぜかクロエに厳

しい視線を送ってきていた。


まるで仇敵を見るような、そんな目つきだ。


自分が何かしただろうか。


クロエは首を傾げる。


「ご主人様。そちらの女性は?」


「だれ…なの?……この人…」


二人が男を問い詰める。


男はクロエのことを二人に説明した。


「この人はクロエさんと言って、いつもお世話になっている受付嬢さんなんだ。ほら、二人とも挨拶は?」


「「…」」


「あはは…すみません、クロエさん。ちょっと緊張しているみたいで…。普段はいい子達なんですけど…」


「だいじょぶうれすよぉ……ごめんなしゃぁい…きゅうにおしかけてぇ…」


クロエは酔っているふりをしながら、二人を観察する。


二人が一瞬男を見る時に見せた主従関係を超えた視線…そしてクロエに向けられた剥き出しの敵意。


その意味を考えられないほどクロエは鈍くはなかった。 


(なるほどねぇ…そういうこと…)


要するにこの二人は、この歳で自分と近しい感情を男に懐いているのだろう。


それが女である自分がここまで警戒されている理由なのだろう。


(おませさんねぇ……でもごめんなさい……ここまできたら…手加減するつもりはないわ…)


酔いも助けて大胆になっているクロエは、ここまできて引き下がるつもりはなかった。


なんとしてでも男をモノにするつもりだった。


「二人とも出迎えありがとう。俺はクロエさんをベッドに運ぶから、二人はもう寝ててもいいぞ」


「ありがとうございましゅぅ…」


チャンスだとクロエは思った。


このままベッドへ運んでもらい二人きりになる。


その後は適当な理由をつけてなんとか側にいてもらい…そこからは成り行きでいけるはずだ。


これまでたくさんの冒険者に言い寄られた経験から自分の女性としての魅力をよく知っているクロエは、自分が本気なれば男をその気にさせることが出来るという自信があった。


クロエはさりげなく服をはだけさせて露出度を上げる。


後はこのまま男にベッドに連れて行ってもらうだけ…


そう思っていたのだが、ここで邪魔が入った。


「ダメですご主人様。ご主人様は冒険でお疲れです」


「そう……私たちがその人を運ぶから……先に休んでて…」


「ご主人様は一刻も早く疲れた体を癒すべきです」


「その人は…私たちに任せて……二人で運ぶから……」


「お、そうか?」


「…!?」


シエルとルリィがクロエをベッドまで運ぶ役を買ってでたのだ。


クロエのベッドで一緒になってなし崩し的に一線を越える作戦が台無しになってしまった。


「それじゃあ、悪いが二人とも。クロエを頼んだ。気をつけろよ、結構酔ってるから」


「だめぇ……あなたがはこんでぇ…」


「大丈夫ですよクロエさん。この二人は見かけによらず力持ちです。きっとクロエさんを安全にベッドまで運んでくれますよ」


そういうことじゃないのよ!


そんなクロエの心の中のツッコミももちろん届くことはなく。


クロエはシエルとルリィによってベッドまで運ばれた。


「クロエさん、ここで今日は寝てください」


「おやすみなさい、クロエさん」


「んぅ……あの人の匂い…」


寝かされたベッドには男の匂いが染み付いていた。


クロエはもう立ち上がる気力もなく、嗅いでいるとどことなく安心する男の匂いに包まれながらだんだんと意識を薄れさせていく。


『ご主人様。説明してください。あの女はなんですか?』


『誰なの……どういう関係…説明、してもらうから…』


『いや、だからただの受付嬢と冒険者の関係ってだけで……』


『ただの受付嬢と冒険者の関係には思えません。洗いざらい白状してもらいます』 


『同意……隠し事は……よくない…』


「んー…むにゃむにゃ…」


意識が完全に落ちる寸前、ドア越しにそんな会話が聞こえてきたような気がしたが、最後まで聞く前にクロエは意識を手放した。



〜近況ノートにて3話先行で公開中です。

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