第100話


あれだけのダンジョン資源を偶然集められるはずがないと同僚に言っておきながら、クロエはそれでも半信半疑だった。


あまり男のことを疑いたくはなかったのだが、しかし事が事だけにその可能性をチラリと疑ってしまう。


男が自分の評価を上げるためにこっそり他の上級パーティーに協力を仰いだ可能性。


不正をして冒険者ランクを上げようとする冒険者は後をたたない。


もしかしたら男もそういう連中の仲間なのかもしれないと、クロエは頭の片隅で少しだけ疑ってしまった。


だが、日を追うごとにその可能性はほぼなくなり、男の実力が証明されることとなった。


男は、一日だけではなくその日からほぼ毎日ギルドに現れてはクエストを受注し、夕刻になると信じられない量のダンジョン資源を地上へ持ち帰った。


毎回毎回、一体どうやってこれだけの量を一人で集めたのですかと問いただしたくなる量のダンジョン資源を、当たり前のようにカウンターの上に乗せる。


男の噂は瞬く間に広がり、冒険者やギルド職員たちを驚かせた。


そのうち男がダンジョン資源を換金する時には毎回のように受付の周りに人だかりが出来るようになった。


「いいなぁ…」


「すげぇなぁ…」


「稼いでるな…」


「ちっ…一体どんなインチキをしたんだか…」


「何かやってるな、あいつは。Bランクの活躍じゃねーよ」


「Aランク以上の協力者がいるとみたね」


「あんなBランク見たことねぇよ」


冒険者たちは男が一日に稼ぐ金貨の量を見てため息を吐き、中には何かしらインチキをしていると疑うものまでで始めた。


男は、あまりに戦果を上げすぎて、冒険者たちの嫉妬を買い始めるようになった。


そしてそのことに男も気づいていたのあろう。


ある日、男は金貨を受け取った後ギルドの出口に向かうのではなく、酒場のバーカウンターへ向かった。


そして革袋の中から金貨を出し、言った。


「今日は俺の奢りだ」


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」


たちまちお祭り騒ぎが始まった。


男は冒険者たちの機嫌の取り方を心得ているようだった。


冒険者たちは男の金で酒を注文し、浴びるように飲み、顔を赤くしながら男に感謝を述べた。


先ほどまでの嫉妬や疑いの視線は消え去り、あまり素性のしれない男は正式にギルドの一員として受け入れられたようだった。


「それじゃあ…俺はそろそろ…」


冒険者たちが際限なく飲んだり騒いだりしている中、男はそろりとギルドを抜け出した。


それをクロエがぼんやりと見ていると、同僚がこそっと耳打ちしてきた。


「ほら、クロエ。誘ってきなよ」


「え?」


「今ならお酒が入っているし乗ってくれるかもよ?残りの仕事は私が片付けておくから」


「…でも」


「あんな優良物件、ぐずぐずしてるとすぐに取られちゃうわよ?他の子があの人とくっついてもいいの?」


「…っ」


クロエは他の受付嬢が男といい仲になっている姿を想像してみる。


想像しただけでズキズキと心が痛い。


「ね?ほら、行きなよ」


同僚が背中を押してくれる。


「べ、別にちょっとはなすだけだから…色々聞きたいこととかあるし……どうやってダンジョン資源をあんなに集められるのか……受付嬢として勉強させてもらうために」


「はいはい。わかったわかった」


同僚はおざなりにそういってクロエを無理やり受付の内側から追い出した。


クロエは走って男を追いかけた。

 



「ほんとーににゃにものなんですかぁ、あなたはぁ〜」


「ちょ、クロエさん…?ちょっと飲み過ぎなんじゃ…」


それから3時間後。


クロエはベロベロの状態で男に肩を担がれて歩いていた。


飲みすぎて意識は酩酊しかけていた。


自分がお酒に弱かったことをクロエは今更のように思い出した。


ギルドを飛び出したあの後……クロエは男を飲みに誘うことに成功した。


そして二人で酒場でそれなりにいい雰囲気で飲んだり食事を楽しんだりした。


男と一緒にいる時間は信じられないほど楽しくて、クロエは時間を忘れて話し込んでしまった。


そして気がつけばこの状態である。


せっかく男に自分のことを意識させるチャンスだというのに、こんな醜態を晒している自分が情けなかった。


「んにゃ…ごめんなしゃい……わたしおさけよわくてぇ…」


「そうみたいですね…」


男はちょっと呆れたように笑っていた。


クロエはもうヤケクソになって、酔ったふりをしながら男に無理やり体を押し付けた。


「…っ!?」


男が明らかに動揺しているのが窺える。


酒に酔った時しかこのような大胆な行動は取れない。


クロエは自分が胸のサイズという点で他の女性よりも魅力的であることを知っていた。


普段冒険者たちにいやらしい目で見られる時は不快感を覚えるのに、今はそれを男に自分から押し付ける。


「ちょ、く、クロエさん…あた、あたた…」


「んぇー?なんでしゅかぁ…?」


「…っ」


うぶなのだろうか。


男はかなり焦っていた。


ひょっとしたらこの歳であまり経験がないのかもしれない。


ともすれば全く経験がないようにも見えた。


ここまで強く、金を稼ぐ男が、どうしてこんなにも女慣れしていない感じなのだろう。


クロエはますます男のことがわからなくなり、どんどん沼にハマっていく。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

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