第99話


「え、なんですかこれ…」


受付のカウンターに乗せられた“それら”を見てクロエは思わずそう呟いた。


目の前の光景が信じられなかった。


大量のダンジョンクリスタル。


強力なモンスターから得られる貴重な武器素材。


ダンジョンの下層の奥深くに入らなければ手に入らない珍しい薬草。


名のある上級者パーティーが数週間かけて遠征してようやく手に入るほどの量のダンジョン資源が、そこにはあった。


「なんですかこれって……見ての通りダンジョンから持ち帰った資源です。クエスト達成条件のダンジョンクリスタルは足りていると思います。ちょっと多く集めすぎた気もしますが……あと、他の素材は現在のレートで換金して欲しいです」


「待ってください、ちょっと待ってください」


クロエは頭を抱えた。


この状況を飲み込むのに少しの時間が必要だった。


クロエは目の前に並べられた大量のダンジョン資源を見て、それから目の前に戦果を誇る様子もなくたっている男を見て、それからもう一度ダンジョン資源を見た。


「わあ…すごいね…」


隣の窓口の受付嬢からそんな声が聞こえてきたが今は無視だ。


「あのー……どうかしました?」


「いえ、すみません…ちょっと頭が痛いという

か…考え事をしていて…」


「え、大丈夫なんですか?もしあれなら他の窓口に行きますけど…」


「その必要はありません…だいぶ落ち着いてきました…」


「…?」


少ししてようやくちょっとずつ状況が飲み込めてきたクロエは、確認するように言った。


「あの……決して疑うわけではないのですが、今日はお一人でクエストに行かれたのですよね…?」


「はい、そうです」


「本当に一人で?誰ともパーティーを組まず?」


「はい」


「本当に本当に一人ですか?上級者パーティーと途中で合流して手伝ってもらったりは…?」


「終始一人でしたよ」


「…そ、そうですか」


「はい、そうですけど」


「…」


「…」


微妙な沈黙が降りた。


男がちょっと挙動不審になり始める。


何か悪いことでもしてしまったのではないかと心配するかのように周りを見始めた。


そのタイミングで、顔を上げたクロエが言った。


「あの……何者なんですか、いや本当に」


「え…」


唐突にそんなことを言われて男が固まる。


だがクロエはこれまでのことも積もり積もって、問いたださずにはいられなかった。


この男は本当に何者なのだろう。


この年齢で冒険者ギルドにやってきたと思ったら、どんな手を使ってか上級冒険者パーティーの人間たちと組み始め一気にランクをBまで上げ、ソロ活動を始めたと思ったらいきなりこれほどの戦果を地上へ持って返ってきた。


この量のダンジョン資源を他のBランク冒険者がソロで集めるとしたらどれぐらいかかるだろう。


腕のいいもので半年。


下手すると一年以上かかるものもいるかもしれない。


それほどの戦果を、この男は得たのだ。


おそらく初めてと思われるソロクエストで、全く怪我をした様子もなく。


一体どんな手を使ったのだろう。


時間が経てば経つほどに、男の化けの皮が剥がれるどころか、謎が深まっていくばかりだった。


「何者って言われましても……俺は普通のBランク冒険者ですが…」


「…」


あなたが普通なわけないでしょ。


揶揄っているんですか。


そんな言葉が喉元まで登ってきていた。


なんとか反射的な返答を自制し、クロエは深呼吸をして冷静になるよう自分に言い聞かせた。


「失礼しました。少々取り乱しました」 


「…はぁ」


「クエスト達成の手続きを済ませますね」


「あ、お願いします」


ようやく本来の手続きが始まったことで安堵したのか、男がほっと胸を撫で下ろす。


クロエはクエスト料とダンジョン資源の換金を行い、金をカウンターの上に並べた。


「「「「おぉおおおおお!!」」」」


金貨が山のように積み上がった。


周りで観察していた冒険者からどよめきが上がる。


「マジかよ…」


「あいつソロだよな…?」


「なんだ、あの金貨の量は。レアな素材でも運良く見つけたのか…?」


「あいつBランクだよな?一体どんな手品を使ったんだ?」


「あの量の金貨、久しぶりに見たな」 


「うひょお…稼ぐねぇ…」


「Aランク冒険者だけのパーティーでも一日であんだけ稼げないぜ…」


冒険者たちは、興味津々で、あるいは羨ましそうにカウンターの上の金貨を眺めている。


男は革袋の中に金貨をしまうと、ありがとうございますとお礼を言って何事もなかったかのように受付を後にした。


「…」


心ここに在らずといった状態でクロエはその後ろ姿を見送った。 


「おーい、クロエ?大丈夫?」


「はっ…!」


同僚の受付嬢に声をかけられ、クロエは我に帰る。


同僚が心配そうな目をクロエに向ける。


「どうしたの、ぼんやりとして。どこか具合悪いの?」


「ち、違う……そうじゃなくて。驚いちゃって。あんな量のダンジョン資源、久しぶりだから」 


「あー、確かに。すごいよねー、あの人。どうやったんだろ?運が良かったのかな?」


「そんなわけないでしょ……運で集められる量じゃなかったよ…」


「確かに。じゃあやっぱり実力?ま、なんにせよ、クロエ。あんた見る目あるじゃない。よくあんな優良物件に目をつけたわね」


「…!?ち、ちが…だからそんなんじゃ…」


「えへへ。隠さない隠さない。照れ屋さんなんだから。今度飲みにでも誘ってみなさいよ。仕事は私に任せちゃっていいから」


「もー…本当にそんなんじゃないから…」


などと言いつつも、クロエは頭の中で二人きりで男とお酒を飲んでいる自分を想像する。


顔がどんどん熱くなってくる。


クロエは頭を振って頭の中の想像を振り払った。



〜あとがき〜


近況ノートにて三話先行で公開中です。

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