第95話
一瞬幻覚かと思ったが間違いない。
ボロ布を纏って檻の中にいるのはどこからどう見てもシエルだった。
シエルは最後に見た時よりもひどく痩せていて表情も暗かった。
何もかもを諦めたような絶望した表情が、俺を見て動き出す。
「シエル…?お前だよな…どうしてここに…?」
「あ…あ…私っ…私っ…」
シエルの目からポロポロと涙が溢れる。
掠れた声で何かを言っているがよく聞き取れない。
「お客様?ひょっとして知り合いでしたか?」
店主が俺とシエルを交互に見て首を傾げている。
「はい…実は以前に一緒に教会に住んでいたことがあって……彼女は教会で育った孤児だったんです…」
「ふむ…なるほど。運悪く教会に売り飛ばされましたか」
「え…教会が売り飛ばした?」
「はい」
店主が当然のような表情で言った。
「財政難の教会が預かっている孤児を奴隷として秘密裏に売り捌くのはよくあることですよ」
「…違う。そんなはずはない…」
マリアンヌがそんなことをするはずがない。
教会がシエルを売り飛ばしたなんて絶対にあり得ない。
あの教会の人々は孤児たちのことを大切にしていた。
金のために孤児を売るなんて絶対にあり得ないはずだ。
「まぁ私は別の奴隷商人から彼女を買っただけなのでよく事情は知りません」
「なぁ、シエル…?どうしてそこにいるんだ?一体何があった…?」
「あ…さ、攫われて……こっちに来る途中に……シエルが悪いの……教会を勝手に抜け出して……あなたに会うために…グス…」
「俺に会うために教会を抜け出した…?」
泣いているシエルの言葉は途切れ途切れであまり要領を得なかったが要するにシエルは教会に売られたわけではなく、教会を抜け出して一人でいるところを攫われたらしい。
俺はひとまずマリアンヌがシエルを売り渡したわけじゃないことを理解して安堵する。
「待ってろ。今助けるからな」
「え…?」
「当然だろ。お前を買う」
「…いいの?……お金は…?」
「まかせろ。多分お前を買える金は持っていると思う」
Aランク冒険者として活動している俺にはそれなりの蓄えがある。
いざとなったらギルドから金を借りることもできるし、とにかくなんとしてでもシエルを買ってここから助け出さなくては。
「お、お客様。彼女を買うのですか?」
「ああ。いくらだ?」
「流石流石。お目が高い。彼女は今この店で性奴隷として一番押している商品でしてね?なんとまだ初物なんです。ええ。男性経験は一歳ございません。性奴隷で初物は相当希少でなかなか市場に出回りませんからね。値段も高いですよ。失礼ですがお客様、お金はお持ちで?」
「これで足りるか?」
俺が革袋の中に入っている金貨を見せた。
「おぉ…足ります足ります。十分です。では早速手続きに移りましょうか」
「ふぅ…」
シエル購入のために手続きが進む。
シエルは檻から出されて、鉄の首輪を外された。
「うぅ…会いたかった…グス」
「俺もだぞ。まさかこんな再会になるとはな」
檻から出るとシエルがひしっと抱きついてきた。
痩せて弱々しい抱擁を、俺は優しく受け止める。
「急にいなくなって……シエル…会いたくて……教会一人で出て行って……それでカナンの街を目指したんだけど…」
「一人でムスカ王国を出たのか?」
「…うん」
頷くシエル。
まさか俺に会いたいがためにそんなことまでするとは。
シエルのことを見誤っていた。
こうなったのは俺の責任だ。
俺は彼女の気持ちを慮らずに街を出てしまったことを深く反省する。
「その道中で捕まったんだな?」
「うん…」
「その……捕まった時、何かされなかったか?きついことや辛いことを……」
「ううん……値段が下がるからって……誰にも触られなかった……」
「そうか…」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず最悪の事態は防げたようだ。
「ご購入、ありがとうございます」
「ああ…」
俺は上機嫌の店主に金を支払、シエルを連れて奴隷商館を出ようとする。
と、その時だった。
「よかったね、シエル……それがシエルの言っていた人…?優しそう。幸せになってね」
「ん…?」
「あ…ルリィ……」
シエルの隣の檻にいた少女が、シエルに対してそんなふうに話しかけたのだった。
〜あとがき〜
近況ノートにて三話先行で公開中です。
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