第84話


「なんだこれ…?」


俺は首を傾げる。


召喚された剣を手に取った瞬間に非常におかしな現象が周りで起こり始めた。


周囲の動きがまるで時間が遅く流れているかのように緩慢に感じるのだ。


先ほどまでは素早いと感じていた勇者の動きも、周囲に満ちていた戦場の音も、何もかもが遅く感じる。


「おらあああああああ」


「死になさいよぉおおおお」


勇者二人の拳が非常に鈍く感じる。


俺は先ほどのようなギリギリの回避ではなく、しっかりとその動きを目視した上で、余裕の回避行動をとった。


勇者二人の攻撃を交わした俺は、地を蹴って少し離れたところに移動した。


すると攻撃をから振った勇者たちが、焦ったよう

に周囲を見渡した。


「あ!?どこへ消えやがった!?」


「どこに行ったのよ!?」


「まさか逃げたのか!?」


「逃げたんじゃないでしょうね!?」


「いや、俺はここにいるが」


俺が二人の背後から声をかけると、二人が振り返り、俺の姿を認めて驚いたような表情を浮かべる。


「い、いつの間に…?」


「どういうこと?」


「え、まさか見えてなかったのか?」


どうやら二人には俺の動きが見えていなかったらしい。


俺は特に素早く動いたり、二人の目をくらませたりといったことはしていないのだが、どうやら二人には俺の姿が捉えられていないようだった。


「なんで周囲の動きが遅くなったんだ…?いや、俺が速くなったのか?」


時間の流れが遅くなった…というのは考えにくい。


可能性があるとしたら、周囲が遅くなったのではなく俺が速くなった。


勇者二人の動きが遅く感じるほどの速度を、俺が手に入れたということになるのかもしれない。


「これも、この剣のおかげなのか?」


俺は手の中の聖剣とやらを見る。


聖剣は、俺の呼びかけに呼応するかのように光を増していた。


あれ、だとしたらこの剣めっちゃ強くないか?


アリシアは確か聖剣には様々な恩恵を与える力があると言っていた。


周囲が遅くなるほどの速さの習得は聖剣のおかげなのかもしれない。


「舐めんじゃねえええええええ」


「私たち勇者は最強なのよ!!あんた如きに負けるわけないでしょうがぁあああ」


勇者二人が、再び攻撃を仕掛けてくる。


だがこちらに近づいてくるその動きはやはり隙だらけに見えるほど遅く感じた。


「うおおおおおおおおおおおおお」


「はぁあああああああああああ」


勇者二人による連続攻撃。


前と後ろから、拳と蹴りが絶え間なく襲いかかってくる。


それらを、俺は余裕を持って避ける。


「くそおぉおおおおおおなぜだぁああああああああああ」


「どうしてあたらないのよぉおおおおおおおおおおお」


勇者たちが絶叫し、攻撃の速度、密度を増す。


その速度と威力は、周囲に衝撃をもたらすほどだった。


だが、依然俺にとってはその攻撃はノロマに見えた。


先ほどのように防戦一方ではなく、今度の俺には反撃する余裕があった。


「はっ、はああっ」


俺は聖剣を二回振った。


一瞬時が止まったように感じた後、勇者二人の腕が同時に地面に落ちた。


「うぎゃあああああああああ」


「いやあああああああああああああ」


勇者二人の絶叫が辺りに響き渡った。






(なぜだなぜだなぜだ!?どうして俺の攻撃が当たらない!?俺は勇者だろ!?誰よりも強いはずだろ!?)


ダイキは焦りを感じていた。


どんなに本気を出しても、カナと二人がかりでも、兜の男を殺し切ることが出来ないからだっ

た。


謎の剣が召喚され、それを手にした後の兜の男の動きは、それまでとは信じられない程に早かった。


勇者の動体視力を持ってしてもその動きを捉えることは出来なかった。


兜の男の動きは、まるで一人だけ別の時間の流れにいるかのような速さだった。


兜の男の動きに追いつけない自分の動きを、ダイキはまるで遅い時間の中にいるかのように錯覚する。


(あり得ないあり得ないあり得ないっ……この俺が速さで上回られるなどあってはならないんだっ…)


ダイキはアリシアや他の兵士たちとの戦いを思い出す。


彼らとの戦いのなかで、ダイキは常に自分だけ別の時間の流れにいるような錯覚を受けた。


彼らの動きはあまりに緩慢で、油断をしていても対処できた。


勇者とそれ以外では速さの次元が違うのだ。


相手の攻撃の軌道を読むまでもなく、勇者にはその動きの全てが把握できてしまうので、そもそも最初から勝負になどなっていなかった。


(まさか……この俺がっ……“遅い側の人間”に回ったってのかっ…勇者のこの俺が…)


もしかしたら今相手にしている兜の男にとってダイキの動きは、ダイキにとってのアリシアや他の兵士たちのように鈍く感じているのかもしれない。


攻撃の軌道は全て丸見えで読むまでもなく、回避は油断をしていても難なく可能。


その気になれば、すぐに攻撃に転じられるほどの余裕が相手にはあるのかもしれない。


そんな思考に至った瞬間に、ダイキは背筋が寒くなった。


「あ…?」


芽生えた恐怖を誤魔化すように繰り出した右拳が、空を切った。


次の瞬間、目の前にいたはずの兜の男の姿が消えた。


そして、またしても右腕に覚えのある痛みが生じた。


「うぎゃああああああああああああああ」


自らの右腕が再び地面に落ちたのを見てダイキは絶叫した。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

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