第83話


「嘘…あれは…?」


少し離れたところから勇者二人と兜の治癒術師の戦いを見守っていたアリシアは目を剥いた。


突然兜の治癒術師が何事か唱えたと思ったら、その目の前に謎の剣が現れたからだ。


まるで召喚されたかのように現れたその剣は、アリシアが今まで嫌というほど見てきた剣と同種のものだった。


「せ、聖剣!?嘘、どうして…?」


見違うはずもない。


それはかつて世界を救った伝説の勇者が持っていたとされている剣であり、勇者に敗北するまでアリシアが持っていた武器だった。


「どうして兜の治癒術師様が聖剣を……?まさか…!」


アリシアは一つの可能性に思い至った。


それは……他ならぬ兜の治癒術師が勇者であるという可能性。


かつて世界を救った勇者は戦いの中で聖剣を召喚したという言い伝えがある。


アリシアも聖剣を授かった時にそのような話を家族から聞かされた。


「伝説の勇者様なのですか…?あなたが…」


もしそうならこれまでの数々の軌跡も納得がいく。


欠損した腕や足を瞬時に治してしまえるほどの回復魔法。


勇者二人を相手取っていまだに生きながらえているほどの回避能力と加護の力。


勇者に二度も膝をつかせた速く鋭い攻撃。


とてもこの世界の住人にできるような芸当ではないそれらは、兜の治癒術師が伝説の勇者であるなら納得がいく。


「私たちを悪の勇者からお救いください…伝説の勇者様…」


アリシアが拝むように手を合わせる。


兜の治癒術師が、聖剣の柄に手をかけた。





「なんだこの剣…」


聖剣召喚。


そんな魔法名を唱えたらどこからともなく現れたその剣に、俺は驚いていた。


聖剣召喚というからにはこれが聖剣ってやつだったりするのだろうか。


そういえばアリシアも聖剣がどうとか言っていたな。


これはアリシアが勇者に奪われたと言っていた聖剣と同種のものなのだろうか。


アリシアの聖剣はかつて伝説の勇者が召喚し、この世界で代々受け継がれてきたものだと言っていた。


ということはつまり勇者には全員に聖剣召喚能力があるということだろうか。


わからん。


だが、どう見ても目の前の剣は見るからに強そうだ。


俺は召喚された剣を手に取った。


「…っ!?」


剣を手に取った瞬間、信じられない変化が視界の右端で起こった。


表示された俺のステータスが、剣を手にしただけでひとまわりほど伸びたのだ。


明らかにこの剣の力だと言わざるを得ない。


なんだかここまでの戦いの疲労も一気に和らいだ気がするし、体に力が漲ってくる。


「てめぇ…なんだその剣はぁ!?」


「ちょっともうっ…なんなのよぉ…!?」


剣の召喚の際の衝撃で怯んでいた勇者たちが、立ち直り再び戦闘体制に入る。


俺は元々持っていたイレーナから譲り受けた剣を腰の鞘にしまい、たった今召喚した剣を手にした。


「こい!!」


「いい加減死にやがれこのゴミがぁあああああああああああ」


「とっととくたばりなさいよこのクズ!!」


勇者二人が俺に襲いかかってくる。


だが今度は今までとは様子が違っていた。


「あれ…?」


俺は首を傾げる。


「お前ら、遅くね…?」


勇者の動きが酷く緩慢に見えたのだ。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

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