第82話


説得は失敗した。


どうやら勇者二人は、俺が思っていた以上にクズ人間だったらしい。


二人は、システィーナが自らの私利私欲のために勇者の力を利用しようとしていることをすでに知っていた。


そしてその上で自らの欲望を満たすためにイスガルド防衛軍の兵士を殺していたのだ。 


すでにイスガルド防衛軍には勇者の攻撃により一千人以上の死傷者が出ていた。


ここまで罪を重ねた連中を説得するのは、もう不可能だ。


それもシスティーナに洗脳されたのではなく、自らの意思でこれだけの犠牲者を出したというのだから、救いようがない。


「カナ。手を貸せ。二人でこいつを殺すぞ」


「わかったわ」 


勇者二人が俺に対して殺気を放つ。


馬鹿にしていた俺なんかに二度も膝を尽かされた男の方の勇者はもう完全にキレているようだった。


血走った目が俺を睨んでいる。


一刻も早く俺を殺したくてたまらないようだ。


もし俺がここで倒れて仕舞えば……先ほど宣言したようにここにいるもの全てが勇者によって惨殺されてしまうだろう。


俺はどうして先ほどの隙を利用して勇者を仕留めなかったのか、後悔した。


「迷うな俺っ……俺の迷いが……たくさんの人を殺すんだ…」


先ほど俺は勇者の隙をついてその腕を切り落とすことに成功した。


あの一瞬、自分の体をどう動かせばいいのかが完全にわかった気がした。


気がつけば俺は勇者に肉薄していて、勇者の腕を切り落としていた。


勇者は悲鳴をあげて膝をつき、切断面からは血が吹き出していた。


真っ赤な血。


それを思い出すたびに、また吐きそうになる。


腕を切り落とされた後の勇者は、完全に無防備で隙だらけだった。


その気になれば、俺は勇者にトドメを刺すこともできたかもしれない。


だが、俺は躊躇ってしまった。


勇者の血を見て怖気付いてしまった。


土壇場で、人間を殺すことを躊躇ってしまった。


俺が迷っているうちに勇者は完全に回復してしまった。


そして、アリシアや周囲の兵士たちが再び危険にさらされている。


あの時殺しておけばと、今更後悔してももう遅い。


とにかく今は、現状の危機をどう乗り切るかを考えなくてはならなかった。


「ち、治癒術師様…」


背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。


振り返るとアリシアが、望みを託すような目で俺を見ていた。


「アリシアをすぐにここから離れさせろ」


「えっ」


「兜の治癒術師様?」


「流石にあの二人と戦いながら守りきれない!!アリシアを連れて離れてくれ!!」


「「わ、わかりました!!」」


俺の指示で兵士たちがアリシアを連れてこの場を離れようとする。


勇者二人のヘイトは今は完全に俺一人に向いて

いる。


俺を倒さない限り、アリシアたちは安全だろう。


「いや、嫌ですっ…私は治癒術師様のそばにいますっ…ここで一緒に戦わなくては…」


「ダメですアリシア様っ」


「治癒術師様を信じましょう!」


「ここは危険です!先ほどの治癒術師様の攻撃を見たでしょう!?はっきり言って私たちは足手纏いです!」


「いやですっ…いやああ」


この場を離れまいとするアリシアを兵士たちが無

理やり連れて行く。


俺はとりあえずアリシアを巻き込む心配がなくなってほっと安堵した。


武器を構え、勇者二人を見据える。


「安心しろ」


男の勇者が言った。


「お前を殺した後にあの女もすぐに殺してやるよ。ここにいる全員、一人残らずあの世行きだ」


それが戦闘開始の合図だった。


勇者二人が同時に俺に踊りかかってくる。


「…っ」


当然ながら勇者の動きは早かった。


冒険者試験の際のガレスよりも、路地裏で襲ってきた掃除屋たちよりも格段に上だ。


俺は自身の回避能力を全力で引き出して、なんとか勇者の攻撃を躱す。


それでも何発かの攻撃は、鎧や剣でもらわざるを得ない。


ガッ!


ガガガガガッ!!!


勇者の攻撃が俺の体を捉えるたびに、鈍い金属音がなった。 


しかし不思議と鎧も剣も勇者の攻撃を受けて壊れることはなかった。


(これも加護のおかげなんだろうな…!)


攻撃を必死に避けながら、俺は視界の右端に見えているステータスをチラリと確認する。


加護の欄の“女神の加護”の文字が攻撃を受けるたびに点滅する。


おそらく俺をこれまで勇者の攻撃から守ってくれたのは、この加護の強力な力なのだろう。


これがなかったら一体何度死んでいたのかわかったものじゃない。


「死ねぇえええええええええ」


「硬ったいわねぇええええええええ」


勇者たちが攻撃の速度を上げる。


二人がかりになっても俺をなかなか殺し切ることができずに焦っているようだった。


攻撃の密度が上がり、“女神の加護”の点滅回数が多くなる。


このままだと防戦一方だ。


今は女神の加護があるから耐えられているが、勇者の力が上回り、武器や防具が壊されたらいよいよまずい。


そうなった時に果たして俺は生身で勇者の攻撃を受け切れるだろうか。


全くもって自信がない。


何か、耐えるだけではなく攻撃の糸口を探さなくては。


(やるか…“聖剣召喚”。そういや今まで一度もやったことなかったけど…)


俺は視界の端に見えるステータス画面の魔法の欄をチラリと見る。


そこに書かれてある文字“聖剣召喚”。


なんかおっかなそうだったので今まで一度も試してなかった魔法なのだが、もうそうも言ってられない。


もしかしたらこの状況を打破する一手になるかもしれないと、俺は望みをかけるようにその魔法名を唱えた。


「せ、聖剣召喚!!!!!」


ドシュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!


「ぐおおおおおおおお!?!?」


「きゃああああああああ!?!?」


「…っ!?な、なんだこれ!?」


魔法名を唱えた瞬間、竜巻のような衝撃が発生した。


勇者二人がその攻撃によって一瞬怯む。


まばゆい光が俺の目の目の前に集約し、やがて一つの形を取るようになる。


「こ、これは…」


光が収束した後、そこには見たこともないような立派な剣が地面に刺さっていた。



〜あとがき〜


近況ノートにて三話先行で公開中です。

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