第81話
ダイキの体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「う、うごぉおおおおお」
腹部に喰らったダメージからすぐに立ち直ることが出来ず、ダイキは地に伏した状態で呻き声をあげる。
息が詰まり、顔が真っ赤になる。
ダイキの網膜には、魔法を放とうとした直後、またしてもダイキの対応できないほどの速さで肉薄してきた兜の男がダイキの腹へ拳を振るう姿が焼き付いていた。
「ダイキ!?大丈夫なの!?」
吹っ飛ばされたダイキにカナが駆け寄ってくる。
「どけぇ…!」
ダイキが起きあがるのを手伝おうとしたカナをダイキは突き飛ばすと、地を蹴って兜の男に肉薄した。
「てめぇええええ一度ならず二度までもぉおおおおおおお!!殺してやるぅうううううううううううう!!!」
一気に距離を詰めたダイキが、兜の男に拳の連打を繰り出す。
ビュォオオオオオオオ!!!!!
「うわああああああ!?!?」
「な、なんだ!?」
勇者の拳の威力に、突風が吹き荒れ、兵士たちが悲鳴を上げる。
「死ねやぁああああああああ」
我を失ったダイキは、無我夢中で兜の男に拳を繰り出していた。
もはやダイキは理性を失っていた。
一度ならず二度までも自分に膝をつかせた兜の男をダイキは生かしておくことが出来なかった。
膨れ上がったダイキのプライドが、正気を奪い去っていた。
一撃が鉄の鎧を粉々に砕くほどの威力を持っている勇者の拳が、兜の男に対して一秒に何十発という速さで襲いかかる。
ドガガガガガガガガガガ!!!!
ダイキの拳と、兜の男の身につけている鎧がぶつかる。
鉄と鉄がぶつかるような鈍い音が、周囲に響き渡る。
「なぜだぁあああああ!?!?なぜ壊れねぇええええええ!?!?」
拳は確かに当たっているはずなのに、一向に倒れない兜の男にダイキが発狂する。
ダイキの本気の拳は、一撃一撃が、鎧を貫通し中の人間を破裂させるほどの威力を持っているはずだった。
勇者であるダイキの本気の拳を受けた兜男は、もうとっくに死んでいるはずだった。
「ォオオオオオオオ!!!」
にも関わらず、兜の男は耐えていた。
顔の前で両腕を交差させ、身を縮めて受け身の体勢をとっていた。
ダイキの拳は兜の男の体をまともに捉えていたのだが、その防御を突破することが出来なかった。
まるで決して破壊することのできない鉱物を殴っているかのような感覚を大気は覚えた。
(なぜだ…?なぜだなぜだなぜだなぜだなぜ
だ????なんで俺の拳が気かねぇんだ????)
ダイキは完全に混乱していた。
こんなことは初めてだった。
今までどんなモンスターも、戦士も、勇者のダイキの前には手も足も出なかった。
最も硬い皮膚を持つといわれるモンスター、ドラゴンを、ダイキは拳だけで倒したことがあった。
この世界で最も硬い特別な鎧…オリハルコンの鎧を身に纏った戦士の体を、ダイキは鎧ごと粉々に打ち砕いたことがあった。
どんな硬い防御でも、ダイキはその強大な勇者の力で、難なく突破して敵を撃ち倒してきた。
自分がちょっと力を込めて殴れば、どんなものでもたちまち粉砕されてしまうと、ダイキはそう思っていた。
ゆえに、今目の前で起きていることが理解出来なかった。
自分の本気の拳を何発も受けていまだに立っている存在がいることを、ダイキは受け入れることが出来なかった。
(意味わかんねぇ意味わかねぇ意味わかんねぇ意味わかんねぇ!!!なんだよこれなんだよこれなんだよこれなんだよこれ!?俺は最強じゃないのか!?最強の勇者じゃないのか!?なんでこいつは勇者の俺に殴られて壊れないんだ!?なんでまだ生きてやがるんだ!?)
疑問符で頭が埋め尽くされる。
これまでどんな敵も、全く寄せ付けずに圧倒してみせたダイキは、この世界に来て初めて苦戦をしているという事実を受けるれることを拒否していた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
本気の連打を延々放っていたダイキは、流石に体力の消耗を感じ、動きを止めた。
ガードをずっと固めていた兜の男が、その交差させた腕を解いた。
「…っ!?」
兜の男の鎧には大きな傷は見当たらなかった。
勇者の拳を正面から受けていて、壊れるどころか、目立った傷や凹みすら見当たらなかった。
(オリハルコンの鎧だって俺は壊せたんだぞ!?なんでこいつは壊れねぇんだ…?まさか……加護なのか!?加護がこいつを守っているのか!?)
そこまで高価そうにもみえない兜の男の鎧が壊れない理由をダイキは考え、加護の可能性に行き着く。
加護は強力なものほど、所有者のみならず、その武器や防具も強化する。
一兵卒の振るう槍や剣が、ダイキやカナの軽装備を突き破ることはできない。
それは彼らが勇者の加護に守られているからだ。
勇者の加護は異界から召喚される勇者にだけ与えられた最強の加護だ。
勇者の加護は、屑鉄でできた鎧をオリハルコンよりも硬くし、錆かけの刃を、岩をも切断できるほどに強化する。
ダイキはもしかしたら兜の男にも、自分と同じ勇者の加護が宿っているのではとそんな可能性を一瞬疑いかけた。
(いいや、あり得ねぇ…勇者の加護を持てるのは勇者だけだ……こいつは勇者じゃないから勇者の加護を持っているはずがない……まさか、勇者の加護を上回る加護を持っているのか…?いや、それもありえねぇ。勇者の加護は最強だ。勇者の加護を超える加護なんて存在しねぇ…)
ダイキは勇者の加護を上回る加護の存在のことなど考えたくなかった。
選ばれた勇者である自分とカナだけが持っている勇者の加護こそが最強なのだと、そう思いたかった。
勇者の加護よりも強い加護の存在など絶対に認めてはならなかった。
「なかなか重いな…流石勇者の攻撃だ」
「…っ…何者なんだよてめぇ。城を追放された後、何をしてやがったんだ」
「いろいろ、だ。一言では説明できない。多くの人間と関わり、愛着を持つ人がたくさんできた。だから、カナンの街をお前らやシスティーナに明け渡すわけにはいかない」
「くそが……おいカナぁ!!!てめぇいつまで傍観してるつもりだぁ!?こっちにきて参戦しろぉおお!!こいつをぶっ殺すのに手をかしやがれ!!」
「わ、わかったわ…!」
ダイキの元にカナが駆け寄ってくる。
「こい。絶対にここを通すわけにはいかない」
兜の男は、臆することなく勇者二人と対峙する。
〜あとがき〜
近況ノートにて3話先行で公開中です。
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