第85話


勇者二人の腕が同時に落ちた。


勇者二人が地面に膝をつき、絶叫する。


切り落とされた腕は地面に転がり、切断面から血が噴き出る。


「はぁ…はぁ…」


真っ赤な鮮血を見てしまい、またしても動悸が始まる。


吐きそうになり、眩暈を覚える、


「ぐぉおおおおおおおおくそがぁあああああああああああ」


男の勇者は切り落とされた腕を抱えて絶叫している。


口から血の泡をふき、俺を血走った目で睨みつけながら、女の勇者に向かって回復を要求する。


「カナぁあああああ何してるぅうううううううう

うううう!!!さっさと回復しろぉおおおおおお!!!」


「いぎぃいいいいいいひぎぃいいいいいいいいいいいいい」


だが先ほどとは状況が違った。


男の勇者だけではなく、女の勇者も腕を切り落とされ、その痛みに悶えていた。


女の勇者は、白目を剥きながら、腕を抱えてぶるぶると震えている。


とても他人を回復している余裕はなさそうだった。


「やるしかないんだっ、覚悟を決めろ…!」


俺は自分を叱咤する。


勇者を殺す。


今が絶好のチャンスだ。


ここで怖気付いて勇者を逃がしてしまったら、もっと大勢の人間が死ぬことになるかもしれない。

俺の覚悟一つでこの戦争を終わらせることが出来る。


「すまない……でもこうするしかないんだ…」


俺は男の勇者に近づいていった。


そして聖剣を振り上げる。


「やめろぉおおおおおお俺を殺すのかぁああああああああああ」


「…っ」


「人殺しがぁあああああああああやめろぉおおおおおお」


「…っ」


「し、死にたくないぃいいいいいい殺さないでくれぇえええええ」


「…っ」


男の勇者の言葉は、俺への罵倒から懇願へと変わる。


死にたくない、助けてくれ。


そんなふうに命乞いをしてくる。


だが、見逃すわけにはいかない。


こいつらはすでに自分の意思で多くの人々の命を奪っている。


生かしておくのは危険だ。


人殺しの罪を背負ってでも、俺がここで息の根を止めなければならない。


「本当にすまん。うわああああああああああああああああ」


「やめろぉおおおおおおおおおお」


覚悟を決めた俺が聖剣を男へ向かって振り下ろそうとする。


その直後だった。


ドガァアアアアアアアアン!!!


爆発が起こった。


「…っ!?」


どこからか飛来した魔法が俺に着弾したのだ。


加護のおかげで怪我はなかったが、俺は数メートル後ろに飛ばされる。


「やめなさい、そこまでです」


空中から一人の女が、魔法を使って降りてきた。


その女は、勇者を守るように俺との間に立っていた。


ドレスを身に纏ったその見覚えのある女を見て、俺は大きく目を見開く。


「システィーナ…!」


「ふふ。お久しぶりですね」


俺をこの世界に召喚し、役立たずはいらないと追放した張本人が俺の目の前に立っていた。


「なぜお前がここに…?」


この戦争の元凶。


ムスカ王国の実質的な支配者、システィーナ王女。


全く予期せぬ邂逅に、俺は呆然としてしまう。


システィーナが俺に向かって微笑む。


久しぶりですね、とシスティーナは確かにそういった。


どうやらステータス鑑定で俺があの日城から放逐した男であることに気付いたようだ。


「申し訳ありません。今まであなたの価値に気づけなかった自分の愚かさを恥じています。まずそのことを謝らせてください、本物の勇者様」


「は…?」


システィーナがいきなりそう言って頭を下げた。


攻撃されるかもしれないと身構えていた俺は、呆気に取られてしまう。


「私は本当に愚かでした。本物の勇者はあなただったのですね。その聖剣、それがその証です」


俺が持っている聖剣を指差し、システィーナが言った。


「私が今まであなたにしたことを謝ります。ですので、ぜひ城に戻ってきてはくれませんか?あなたを正式に勇者として迎え入れたいと思います」


「ふざけるなよ。今更そっちにつくわけないだろうが。俺はお前が何をしたのか知っているんだ」


どうやらシスティーナは今更俺のことを自分の側に率いてようとしているようだ。


もちろん俺が今更システィーナの元に戻るわけはない。


この王女の本性はとっくに知っているし、俺はイスガルド防衛軍の味方だ。


勇者とこの女は倒さなくてはいけない敵だ。


「あなたは間違っています。イスガルドは魔族の協力者なのです。私たちは人類を救う聖戦を戦っています。本物の勇者様。あなたの力があれば、この戦争に勝つことができます」


「何が人類を救う聖戦だ。お前の私利私欲のための戦争だろう」


「違います。これは人類を救うための戦いなのです。あなたが城へ戻ってこれば正式に勇者として迎え入れ、今までの非礼のお詫びとして莫大な財産と豊かな暮らしを約束します。あなたは人類を救う英雄として国民に歓迎されることでしょう」


「そうやってそこの二人を騙したのか?俺は騙されないからな」


俺は聖剣を構える。


勇者が回復する前に早く殺さなくては。


「どうしてもこちら側に来てはくれないのですね」


システィーナが残念そうにそういった。


「ああ。俺は今から勇者を殺す。邪魔するならあんたも殺すからな」


「それなら仕方がありません……加速魔法」


システィーナが何らかの魔法を使った。


俺に向かって攻撃してくるのかと身構えたが、システィーナは別の方向を目指していた。


「武器を捨てなさい。この女がどうなってもいいというのですか」


「うっ」


「アリシア…!?」


気がつけばアリシアがシスティーナに囮として捉えられてしまった。


システィーナが担当をアリシアの首筋にあてがいながら、周りの兵士に武器を捨てることを要求する。


「勇者様を殺さないでください。もし少しでも動けば、この女を殺します」


「…っ」


俺は人質に取られてしまったアリシアをみて、勇者を殺すべきか否かを逡巡する。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

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