第79話


ダイキのそんな言葉に、兵士たちが殺気立つ。


一触即発の空気が周囲を満たしていた。


戦場の最中にあって、勇者二人とアリシア、そして兜の男の周りだけが別の空間のような様相を呈していた。


「魔族との戦いじゃないことに気がついている?どういう意味だ?」


兜の男が緊張した空気の中でなおも勇者に詰め寄った。


勇者はふんと小馬鹿にするように息を吐き出し、言った。


「そのままの意味だろ。まだ理解できないのか?俺たちはあの王女様に操られてるわけじゃねぇ。自分たちの意思でここにいるんだ」


「わからないな。一体なんのために?お前たちはこの戦争になんの関係もないはずだ」


「果たしてそうかな?」


「私たちは勇者よ。何をしても許される存在。あんたみたいなゴミに、私たちのしていることをぐだぐだとケチつける権利なんてないわ。いい加減に身の程を弁えなさいよ」


「一体何を考えているんだ?システィーナの嘘を見抜いているのならお前たちが戦いに参加する理由がない。なんのために兵士を殺した?なんのためにイスガルド軍と戦う?」


兜の男のそんな疑問にダイキが答えた。


「そうだなぁ…?俺たちの野望を遂げるため?いや、違うな。正直に言おう。楽しいからだ」


「は…?」


呆気に取られた声が兜の奥から漏れた。


ダイキはニヤニヤとしながら、自分の醜い本心を暴露する。


「楽しくて楽しくて仕方がないのさ。自分より弱い連中を蹂躙するのが。勇者の力を使って、人間どもを虐殺するのが。俺の魔法で兵士どもが肉塊に変わるたびにこう思うんだ。俺は選ばれた存在だって。誰も俺に逆らえないんだって」


自分に酔うようにダイキは言った。


たくさんの人間を欲望のために殺したダイキに罪の意識は全くなかった。


ダイキは心の底から戦争という名の蹂躙劇を楽しんでいた。


「うふふ。そうよね。とっても愉快で最高だわ。私たちに逆らえる人なんてこの世にいないんだもの。勇者の力は私たちに絶対的な権力を与えてくれるわ。この感覚、あなたにはわからないでしょうね」


恍惚とした表情で自らの本音を吐露するダイキに、カナも追従する。


彼女もまた自分の勇者としての力に酔っていた。

強大な力で弱者を蹂躙するたびに、自分の優位性を確認し、悦に浸っていた。


「お、お前らは…」


二人の本音を聞いた兜の男は震えていた。


カタカタカタと振動で、金属のぶつかる音がする。


「お前らは……救えない。どうしようもないクズだ」


兜の男は声に怒りを滲ませながら言った。


「俺なら……同じ世界からきた俺ならお前たちを説得できると思った。お前たちがシスティーナに騙されているのなら、システィーナの陰謀を暴き、戦争を止められると思った。だが、間違っていた。お前らは救いようのないクズだ。そして、明確な俺の敵だ」


「はっ。イキがるなよ、負け組のゴミが」


ダイキが吐き捨てるように言った。


「あんた、誰に向かってそんな口を聞いているのかわかっているのか?俺たちは勇者だぞ?その気になれば、1秒もかからずにあんたを殺せるんだ。あんまり生意気な口を聞くもんじゃないぜ?」


「そうよ。負け組のくせに生意気よ。あんたはこっちの世界でも向こうの世界でも負け組のゴミなんだから選ばれた私たちに偉そうに説教できる立場じゃないわ。地面に膝をつき、頭を下げて許しを乞う立場よ」


「なぁ、おっさん。一応今の俺にも人間の情はかけらほどは残っている。あんたは一応ここでは同郷の人間な訳だし、これ以上あんたがくだらない御託を並べてないで俺の目の前から消えるってんなら俺も許してやる。殺したりなんかしねぇよ」


「ダイキの優しさに感謝しなさい。身の程を弁えずに私たちに意見したことを謝罪したら私も許してあげるわ。命までは取らない。わかったら早く土下座しなさいよ」


「断る」


兜の男はキッパリとそういった。


「言っただろ。お前たちは俺の敵だ。同郷の人間だと思いたくもない。俺はこの戦いに参加するって決めたんだ。命を落とすことになっても戦争を止めるために俺にできることをするって決めたんだ。だから……お前たちをこの先に生かせるわけにはいかない」


そう言った兜の男が剣を抜いた。


そして明確な敵意を持って、その鋒を勇者に向ける。


「そうか…」


ダイキの目がすぅっと細められた。


その表情に影がさす。


「残念だ」


ダイキが右腕を上げた。


そして手のひらを兜の男に向ける。


「死ね」


「治癒術師様!!逃げてください!!!」


アリシアの悲鳴が響く。


ダイキは、兜の男に向かって魔法を放った。


バァン!!!


魔法爆発が起こった。


兜の男が吹っ飛ばされる。


その体は数秒間宙を舞い、地面に叩きつけられた。


モクモクと煙がその体から上る。


「はっ、俺に逆らうからだ」


「馬鹿ねぇ。無駄な正義感発揮しちゃって」


「治癒術師様!?」


アリシアが悲鳴のような声をあげ、兜の男に駆け寄ろうとする。


「おい、無駄だぞ。そいつは死んだよ。ろくに耐久力もない雑魚だからかな。俺の魔法に耐えられるはずがない」


「あははっ。システィーナに見限られて追放されるぐらい低いステータスだったものね。体が原型をとどめているのが奇跡なぐらいだわ。一応そこら辺の兵士よりはステータスが高かったってこと?まぁ、私たちにしてみれば大差ないんだろうけど」


勇者二人は兜の男が完全に絶命したものと思って、駆け寄るアリシアを嘲笑っていた。


アリシアは泣きながら、吹き飛ばされた兜の男を揺さぶる。


「治癒術師様!起きてくださいっ…いやっ、死なないでっ…治癒術師様…」


「ちょ、ちょっとちょっと、アリシア?俺は大丈夫だから、あんまり揺らされると…」


「ふぇ…治癒術師様…?生きて…?」


吹き飛ばされた兜の男が、むくりと起き上がった。


「は…?」


「冗談でしょ…?」


確実に殺したと思った男が平然と起き上がったのを見て、勇者二人は呆然とする。


兜の男は、鎧についた土を払い、剣を持ち直しながら言った。


「まだまだ、こんなもんじゃ俺は死なないぞ」


「…どういうことだ?」


「ダイキの魔法を喰らったのになんで立てるの?」


勇者二人は、何が起きたかわからないと言った表情で立ち尽くしていた。



〜あとがき〜


近況ノートにて三話先行で公開中です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る