第78話


ダイキは声の主を探した。


絶望し、地面にへたり込んでいるアリシアのその背後に、奇怪な格好をした人物の姿を認めた。


その人物は兜を被り、素顔を隠していた。


武器は剣一本のみで、それ以外には何もない。


兜の男は、ダイキの方をまっすぐに見据えながら近づいてくる。


「か、兜の治癒術師様…?」


アリシアが兜の男を見て目を見開いた。


とても驚いたような表情をしている。


「誰だお前」


ダイキはこちらに近づいてくる兜の男に尋ねた。


「…」


兜の男は答えない。


無言のまま、迷いない足取りでダイキに元へと近づいてくる。


「邪魔するな。今楽しいところなんだ。それ以上近づくと殺すぞ?」


兵士をいたぶり、アリシアの反応を楽しんでいたダイキは、余興を邪魔されて苛立っていた。


ダイキは徐に右手をあげ、兜の男へ向かって構える。


その気になればダイキはいつでも兜の男へ魔法を放ち、葬り去るつもりだった。


「やめろ。何をしているんだ。これ以上罪を重ねるな。引き返せなくなるぞ」


「あ…?」


魔法で男を殺そうとしていたダイキは、直前になって一度思いとどまった。


兜の男の声に聞き覚えがあったからだ。


さて、なんだったかとダイキは過去の記憶を辿る。


「俺のことを忘れたのか?まぁ、無理もない。お前たちにとっての俺はその程度の存在なんだろう。だが……同じ世界からきた人間としてお前たちのやっていることを許すわけにはいかない」


「…!」


とうとう距離数メートルというところまで近づいてきた兜の男が決定的なセリフを吐いた。


ダイキは目を見開く。


「お前まさか…!」


「ようやく思い出したか」


兜の男が足を止めた。


隙間から覗いた両眼とダイキの目が合う。


ダイキの頭の中に、この世界に来る前の記憶が蘇る。


終電の中。


同乗した疲れ果てたサラリーマン。


カナと一緒に揶揄おうとして……突然地面が光だし…


気づいたらダイキとカナは、この男と共にシスティーナの王城にいた。


システィーナによって行われるステータス鑑定。


ダイキとカナは勇者だと判定されたが、この男は勇者ではなかったようで、役立たずと認定されシスティーナに捨てられた。


「ははははははは!!!」


全てを思い出したダイキが口を大きく開けて笑った。


戦場に静寂が訪れる。


ダイキは、アリシアや周りの兵士たちに呆気に取られた表情で見守られる中、おかしくてたまらないと言ったように笑い続けた。


「くはははは。こんなことがあるのかよ!?あんた、あの時のおっさんか!!まさかこんなところで会うなんてな!?」


「ちょっとダイキ。どうしたのよ」


背後からカナがやってきて、ダイキに尋ねた。


ダイキは兜の男を指差して言った。


「こいつだよこいつ!!!あの時のおっさんだよ、カナ!覚えてるか?」


「え、システィーナに追放されたあの役立たずのゴミ?」


「そうだよ!!どうやら生きてたらしい!!今更になって俺たちの前に現れやがった!!」


「嘘でしょ!?生きてたの!?」


カナは兜の男をまじまじと見た。


確かにどこかで見覚えのある目が、兜の隙間から覗いていた。


「きゃははっ。こんなことってあるのねぇ!?あんた生きてたの!?ゴミのくせにどうやって生き延びてたの!?」


「さあ、な。泥水でも啜ってなんとかやってたんだろう。おい、おっさん。なんだってあんたがこんなところに?」


ひとしきり笑ったダイキが、兜の男にそう尋ねた。


兜の男は怒りを滲ませた声ではっきりと言った。


「お前たちを止めにきた。これ以上罪を重ねるのはやめろ。お前たちは間違ったことをしている」

「あ?」


「はぁ?何様のつもりよ」


兜の男の物言いに二人が不快感をあらわにする。


自分より下の存在に命令口調で話されるのは、今の二人には我慢ならないことだった。


勇者二人から放たれる殺気に気圧されて、周りで兵士たちが武器を構え直す。


だが、兜の男は勇者の怒りなど気にする様子もなく、なおも勇者二人の行為を咎め続ける。


「こんなことをして、酷いと思わないのか。罪なき兵士を何人も殺して……自分たちのやっていることがどれだけ罪深いことなのか、自覚してないのか?」


「あ?説教かよ、おっさん。あんま調子に乗るなよ?殺すぞ?」


「もしかして同じ場所から来た歳上だからって私たちに命令できると思ってる?残念だけど、この世界で私たちは勇者よ。誰の命令も受けないの。私たちが一番偉いのよ。平伏しなさいよ、勇者になり損ねた、役立たずのおじさん」


「お前らが勇者だとか関係ない。大量殺戮が許されるわけないだろう。お前たちは騙されている。いいから俺の話を聞け」


「ちっ…うぜぇな」


「ねぇ、ダイキ。こいつ調子に乗ってない?そろそろ殺していいんじゃない?」


勇者二人から爆発的な殺気が放たれる。


「お、お逃げくださいっ…兜の治癒術師様っ。その二人は勇者ですっ…怒らせては危険ですっ」


アリシアが兜の男に慌てたように警告する。


だが兜の男は背後にいるアリシアに対してわかっているというように手で制した。


「大丈夫だわかっている……なぁ、お前ら。多分だが、お前らはこれが正義の行いだと思っているだろう。イスガルド陣営は、悪者だと……魔族の協力者だと、そうシスティーナから聞かされているんじゃないか?」


「「…」」


無言になる勇者。


兜の男は、説得の隙を見つけたと言わんばかりに畳み掛ける。


「システィーナから何を言われてこの戦いに参加しているのかはわからない。だが、イスガルド陣営はただ国を守りたいだけだ。カナンの街の人々になんの罪もない。自分の私利私欲のために侵略を繰り返しているのはシスティーナの方だ。そんなシスティーナにこれ以上加担して罪を重ねるな。今なら引き返せる。お前たちはこの戦いから手を引け」


「「…」」


「か、兜の治癒術師様…」


シーンとした静寂が当たりを満たした。


勇者二人は何を考えているのかわからない表情で、兜の男を見ていた。


兜の男は、きっと説得が出来るはずだという希望の混じった目で勇者二人を見ている。


二人の出す結論を待っている。


「くっくっくっく」


「うふ…うふふふ」


やがて勇者二人の笑い声が静寂を笑った。


最初は小さい笑い声をあげているだけだった勇者は、二人で顔を見合わせ、次の瞬間にこれ以上おかしなことはないと言わんばかりに盛大な笑い声を響かせる。


「ぎゃはははははははははは」


「あはははははははははは」


「「「「…っ!?」」」」


場違いな笑い声に、周囲の兵士たちが慄く。


勇者たちは、周りのことなど気にする様子もなく、目尻に涙を溜めて笑い転げている。


「おいおい、聞いたか、カナ!?この戦いから手を引け!だとよ!!!はははははは」


「おっかしい!!!私たちが本当にあの女に騙されて正義のために戦ってると思っているんだわ!!あははははは」


「こんなにおかしいことはねぇよ!!この馬鹿はそんな無駄な忠告をするためにこんなところまでノコノコ出てきたのか!?」


「バカよねぇ?うふふ…私たちの真の目的も知らずに、まだ引き返せるとか、罪を重ねるなと

か……はぁ、本当に、お話にならないわ」


「おい、何がおかしい」


いつまでも笑っている二人に、兜の男が苛立ったようにそう言った。


目尻の涙を拭ったダイキが、小馬鹿にしたような笑みと共に兜の男に言った。


「あんたは勘違いしてるぜ、おっさん」


「何がだ?」


「俺たちが本当にあの女に騙されてここにいると思ってんのか?」


「違うのか?」


「はっ。あんたみたいな低脳と同じにしないでくれ。俺たちがあの女の本性を見抜けないわけがないだろう。これが魔族との戦いなんかじゃないことなんて、とうの昔に気づいているんだよ」


「ちょっと、ダイキ。そんなはっきり言ってもいいの?」


「別にいいだろ」


ダイキがニヤリと笑っていった。


「ここにいる奴ら、全員殺せばいいだけのことなんだから」



〜あとがき〜


近況ノートにて三話先行で公開中です。

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