第77話


「おーおー、やってるなぁ」


「いよいよ全面戦争って感じになってきたわね」


そんな軽い会話と共に二人は悠々と戦場の中へと足を踏み入れていった。


国境線沿いの平原のど真ん中で、両軍による全面衝突が勃発していた。


イスガルド防衛軍とムスカ侵略軍の兵士たちが、武器を構え、雄叫びをあげ、殺し合い、互いの兵力を削り合っている。


両軍入り乱れる大混戦の中、勇者二人は傍観者のような調子で戦場を悠々と歩いていた。


「人類のためにぃいいいいいい」


「勇者様のためにぃいいいいいいい」


「突撃ぃいいいい突撃ぃいいいいいいい」


「勇者様万歳!!!」


「こちらには勇者様がいる!!勝つのは俺たちだ!!」


あちこちから勇者、勇者と叫ぶ声が聞こえてくる。


どうやらこの戦争に勇者がムスカ王国側で参戦していることはすでに両軍の知るところとなっているらしい。


今日までの戦いで兵力を士気を削がれてきたムスカ王国侵略軍は、勇者の参戦により一気に勢いづいて、イスガルド防衛軍を押しているようだった。


反対にイスガルド防衛軍は、勇者の存在に怖気付いているのか、だいぶ戦意を削がれているようだった。


兵力的には、開戦当初ほどの差はないのだが、押されているのは明らかにイスガルド防衛軍の方だった。


「はぁ…しょうもないな…まるで子供が棒切れで戦っているみたいだ」


「あはは。本当ね。レベルの低い戦いだわ」


二人は両軍のぶつかり合いの中を、呆れ返りながら進んで言った。


二人にとって、周囲で行われている戦いは、ほとんど児戯に等しいものだった。


まるで下等生物同士の争いを眺める上位存在のような気分を二人は味わっていた。


その気になれば、この戦いにすぐに決着をつけることができる。


そのような力を持ちながら、二人は面白いもの見たさにわざと勇者の力を温存していた。


「ゆ、勇者がいたぞぉおおおお!」


「か、覚悟しろ勇者ぁああああああああ!!」


「仲間の仇ぃいいいいい!!!」


「ゆ、勇者を殺せぇええええええ!!!」


二人の姿を見つけた兵士たちがたびたび襲いかかってくる。


「邪魔だ。どけ」


「うるさいわね。近寄ってこないでよ」


それらの兵士を二人は鬱陶しそうに魔法で処理した。


勇者の魔法を喰らった兵士たちは、断末魔の悲鳴を上げることもなく、破裂して血肉に変わった。


襲いかかってくる敵兵を羽虫を払うが如く殺しながら、二人はどんどん戦場の奥へと入っていった。


「昨日のあいつはどこいった?確か、アリシアとか言ったか?」


「あんたまだあの子に執着してるの?いいかげんやめなさいよ」


「はっ、いいだろ別に。こんな雑魚共のくだらねぇ戦いに余興を添えたいんだよ」


「逃げたんじゃないの?それか死んだとか?あんたに蹴られてだいぶ瀕死だったみたいだし」


「強く蹴ったつもりはないんだがなぁ?」


ダイキはそんなことを言いながら周りを見渡す。


「お、発見」


「え、何いたの?」


ダイキがニヤリと笑う。


周囲を見渡すカナに、ダイキがある方向を指差した。


そこでは、白馬に乗ったアリシアが、兵を率いながら自らも戦いに参戦していた。


その周りは数十人の兵士によって固められている。


「なんだいるじゃねぇか。へへへ」


「行くの?」


「ああ。またあいつの絶望する顔が見たくなった」


「はぁ…わかったわよ」


ダイキの嗜虐趣味に呆れ返ってため息を吐くカナ。


ダイキは道を塞ぐ兵士たちを敵味方問わず殺しながら、嬉々としてアリシアの元へと向かった。


カナもその背中についていく。


「よお、アリシア。元気にしてたか?昨日ぶりだな」


「…っ!?」


勇者の声にアリシアの体が反応する。


少し離れたところから手を振るダイキの姿を認めて、アリシアは絶句した。 


「よお。また合ったな」


ダイキは相手の絶望する表情を眺め、ニヤつきながら手を振った。


アリシアの周りを取り囲む兵士たちが、ダイキに

槍の穂先を向ける。


「まさかお前が!!」


「アリシア様!こやつらが勇者なのですか!?」


「貴様ら!!それ以上アリシア様に近づくな!!!」


アリシアを守る兵士たちが殺気立つ。


だがダイキはそんな雑魚など眼中になく、ニヤつきながらアリシアに話しかける。


「生きてたんだな。またあえて嬉しいぜ」


「…っ…勇者ぁ…あなたたちは…あなたたちは国を守る勇敢な兵士たちを何人もっ…」


「おいおい、そんな悲しそうな顔をするなよ?仕方ねぇだろ?これは戦争なんだからよ」


「なぜっ…なぜ侵略軍に加担するのですか!?あなたたちは異界の人々のはず……ムスカ王国に手を貸して被害を増やす理由などないはずです…!!!」


「そりゃあよおお前、あれだよ」


ダイキとカナは互いに顔を見合わせてニヤニヤしながら言った。


「魔族の協力者は殺さないといけないよなぁ?」

「そうよ。魔族に協力して人類を征服しようと企むあなたたちを、勇者として生かしておけないわ」


「なんの話ですか!?イスガルド王国にそのような野望はありません!!言いがかりはやめてください!!」


「嘘をつくなよ?俺たちは全部知ってるんだからな?」


「そうよ。魔族の協力者は根絶やしにしないといけないわ」


二人はアリシアを小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、システィーナから教わった御託を並べる。


「ふざけるなよ侵略者共ぉおおおおお!!」


「お前たちはそのような理由でこれだけの殺戮をおこなったのか!!!」


「昨日俺の仲間が戦場で死んだんだ!!その敵を今ここでとる!!」


「侵略者に手を貸す異界人を許してはおけない!!!」


二人の態度に痺れを切らした兵士たちが、二人へ向かってくる。


「やめなさいっ…戦ってはダメですっ」


アリシアは兵士たちを制止しようとするが、兵士たちは止まらなかった。


イスガルド万歳。


アリシア様万歳。


カムル王万歳。


それぞれの崇拝する何かを叫びながら、勇者に向かって突撃してくる。


そして勇者の攻撃を受け、触れることすらできずにあっけなく破裂して死んでいく。


「あ…ぁあ…」


無力なアリシアは、自らの兵士たちが散っていくのをただ見ていることしかできなかった。


闘志に満ちたその表情から徐々に戦う意志が削がれていき、絶望のそれへと変わっていく。


「やめて、お願い、やめてください!!」


「アリシアぁあああ!!見ろ!!お前の兵士がどんどん死んでいくぞぉおおお!!」


「やめてっ…もうやめて!!!」


「やめるわけないだろうがぁああああ!!!お前を苦しめるためにやってるんだからよぉおおおお!?なぁ!?」


ダイキは容赦なくアリシアの兵士たちを殺していく。


アリシアは目の前の現実を逃避するように頭を抱えて、首を振っている。


悲痛に歪むその顔を見て、ダイキは愉悦の表情を浮かべる。


「そこまでだ!!お前ら、それ以上罪を重ねるな!!」


「あ?」


「はぁ?」


まるで兜の奥から発せられたようなくぐもった声が聞こえてきたのは、その直後のことだった。



〜あとがき〜


近況ノートにて三話先行で公開中です。


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