第76話
「勇者様。すでに戦いは始まっております。ぜひ参戦をお願いします」
ダイキとカナがテントで体を休めていると、システィーナが二人の元へとやってきて地に膝をつき、そう懇願した。
勇者が初めて戦場へと投入されたその翌日。
いよいよこの戦いに決着をつける全軍による総力戦が始まっていた。
様子見のつもりだった昨日と違い、今日システィーナはイスガルド防衛軍に壊滅的被害を与え、カナンの街を今度こそ陥落させるつもりだった。
そのためにすでに残った通常兵力の全てを戦場へ投入していた。
遠くから戦いの音が、三人のいるテントまで届いてきていた。
後は勇者さえ参戦すれば、勝利は確実のものになる。
システィーナは速く二人に参戦するよう促していた。
「その強大なお力をもう一度お借りしたいと思っております。どうか、魔族の協力者たちに正義の鉄槌を」
「「…」」
ダイキとカナは一瞬顔を見合わせてニヤリと笑った。
それから億劫そうに立ち上がり、膝をついて顔を伏せているシスティーナに言った。
「ああ、わかったよ」
「魔族の仲間は殺さなくちゃならないものね」
「ええ、そうです。勇者様の英雄的活躍に兵士、国民が期待をしております」
「そうだろうさ」
「任せなさいシスティーナ。魔族に味方するクズ共に私たちが裁きを与えてやるわよ」
「ぜひお願いします」
システィーナが地面に額がつきそうなほどに頭を下げる。
二人は思い腰を上げるようにして立ち上がり、テントを出て悠々と戦場へと向かって歩いていった。
「勝ちました」
システィーナは戦場へ向かう勇者の後ろ姿を見て、勝利を確信した。
「行かなくちゃならない。俺が、この戦いを止められるかも知れないんだ」
戦場へと向かう準備をしながら、俺は自分の心から迷いを追い出すようにそう言った。
昨日だけで一千人以上の死者がイスガルド防衛軍側に出たらしい。
勇者が現れた。
敵勢力に勇者がいる。
システィーナ王女が戦争のために勇者召喚を行った。
そんな噂がイスガルド陣営のあちこちで囁かれていた。
もう間違いがなかった。
あの二人。
俺と一緒にこの世界に召喚された大学生カップルがこの戦いに参戦しているとしか思えなかった。
戦場から逃げ帰った兵士によれば、たった二人の男女の強力な魔法によって何百人もの兵士たちが一気に吹き飛ばされて死傷し、撤退せざるを得なかったらしい。
聞いていた勇者の強力な力と合致する。
「あいつらが殺したのか……千人も……」
昨日俺も見てしまった。
野戦病院へと担ぎ込まれてきた死体の山を。
それはおそらく戦場で死傷した者たちのごく一部を集めたものだろうが、士気が高まっていた兵士たちの戦う意志を削るには十分な威力を発揮していた。
あんな惨状を、あの二人が引き起こしたのだと考えると気分が悪くなる。
しかも二人はおそらくシスティーナに騙されてこれが正義の行いだと思っている。
あの二人が性格がいいとは言わないが、流石に私利私欲のためだけにあれだけの数の人間を殺せるほど落ちてはいないはずだ。
もし二人がシスティーナに騙されて参戦させられているのなら、俺がその誤解を解く。
成功すればこの戦争を止められるかも知れない。
「どのみち……もうここで俺にできることはない」
俺の回復魔法は強力だが、死者を蘇らせることはできない。
勇者との戦いで死者が増えれば、俺がどんなに負傷者を回復しようが、いずれ戦線を維持できなくなり防衛ラインは突破される。
そしてカナンの街は占領され、俺が今までしてきたことも全てが無駄となる。
そうなる前に、俺は俺にできることをしなくてはならない。
「よし、これで素顔はバレないよな」
戦場へ向かう準備を整えた俺は、いつもの兜を身につける。
これで顔を隠し、普通の兵士を装ってなんとかあの二人と接触する。
おそらく戦場の最前線へ行くことになり相当危険が伴うだろうが、そこはなんとか死なないことを祈るしかない。
一応イレーナお墨付きの回避能力が俺にはある。
大怪我を瞬時に癒せる回復魔法もある。
なるべく戦闘を避けながら、戦場であの二人に接触することは不可能ではないはずだ。
「絶対にあの二人を説得し、殺戮をやめさせる。
ああ、くそ……本当に手のかかる若造共だよな…」
自分のすべきことを声に出して確認する。
俺は前の世界で、幾度となく後輩社員の尻拭いをさせられてきた時のことを思い出しながら、戦場へと向かったのだった。
〜あとがき〜
近況ノートにて3話先行で公開中。
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