第75話


終わってみれば実にあっけない幕切れだった。


戦いが始まって十分足らず。


剣を携え、一人ダイキとカナに立ち向かってきた勇者の末裔だという少女は、戦闘不能の状態で地面に転がっていた。


ダイキの蹴りをたった一撃受けただけで、鎧は破壊され、骨を折られ、内臓にダメージをもらい、動けない瀕死の状態まで追い詰められていた。


ダイキはがっかりしたような表情で、地面に転がる少女を見下ろす。


勇者の末裔だというこの少女は、期待はずれもいいところだった。


一方的な蹂躙に飽きていたダイキは、この少女なら少しは楽しめると思って期待した。


だが、少女の力は勇者の足元にも及ばない程度のものだった。


確かにそこら辺の一兵卒よりは強いのだろう。


少女の持つ剣は、おそらく切れ味が普通の剣よりもいいことが窺えた。


少女自身の動きも、何かの加護の恩恵なのか、その細身の肉体からは考えられないほどに速く、力強かった。


だがそれでも、勇者のダイキに追いつけるほどではなかった。


少し戦ってみて、ダイキはあらゆるパラメータで自分が少女を上回っていることに気がついた。


一兵卒からみれば相当速いのだろう少女の動きは、ダイキの目には酷く鈍く見えた。


まるで水の中で動いている人間を地上から見下ろしているかのような感覚だった。


果敢に攻めていた少女だったが、結局ダイキに一撃も与えることは出来なかった。


そしてダイキの蹴りを一発もらっただけで、瀕死のダメージを負い、地に伏してしまった。


ダイキはそのままこの少女を殺そうかと思ったが、やめておくことにした。


まだ幼い年齢で防衛軍を率いている美しい少女の苦しむ姿がもっとみたいという嗜虐心が働いたのだ。


システィーナはこの少女を脅威と見ていたようだが、もはや底は知れていた。


この少女を生かしておこうが、戦況には何ら影響しないだろう。


二人が戦争に参加した時点で、イスガルド防衛軍の全滅は必至だ。


だから、一方的な蹂躙劇にちょっとした余興を添えるつもりでダイキは少女を生かしておこうと思った。


「私は殺しちゃった方がいいと思うんだけど。私より可愛いのが気に食わないし」


一方でカナは少女を殺す気満々のようだった。


理由は敵だからというより単なる嫉妬らしい。


ダイキがこの少女に対して可愛いと言ったのがよほど気に食わなかったのだろう。


「嫉妬深いお前らしいな。ま、俺もそいつにそこまで執着心があるわけじゃないから、殺したいのなら殺していいぞ」


カナとこんなくだらないことで言い争うつもりのないダイキは、そう言って踵を返し、歩き出した。


まだ戦場にきてあまり時間は立っていないが、相手に十分な被害を与えることはできた。


システィーナの指示に従い、今日はこのくらいで引き返そうと決めたのだった。


これまでの戦闘で、イスガルド防衛軍は十分勇者の脅威を思い知っただろう。


カナではないが、敵に時間を与えてより絶望を深くするのも面白いとダイキは思ったのだった。


「うーん」


残されたカナはアリシアを見下ろす。


その苦しむ顔を見て殺すか殺さないかしばしの間迷ったカナだったが、「やっぱいいかな」と踵を返した。


そしてダイキの背中を追い、自陣へと引き返していく。


「ダイキに嫌われたくないし。ダイキの変態趣味に感謝してねー、偽物勇者ちゃん。それじゃ」


どのみちイスガルド防衛軍は全滅するのだし、遅かれ早かれこの少女も死ぬことになる。


もしかしたらこのまま助けが来ずに命を落とす可能性もあるし、わざわざ自分が手を下すこともないと思ったカナは、少女を放っておいてその場を立ち去った。




自陣へ戻った勇者二人は戦果をシスティーナに報告した。


システィーナは、短時間で多大な被害を敵に与えた二人をいつも通り持ち上げた。


二人はシスティーナの二人を誉めそやす言葉に気分をよくしている演技をした。


ダイキは、勇者の末裔の少女から奪った剣をシスティーナに渡した。


どうやら少女の剣には、何らかの力が宿っているらしく、ダイキが持つと、ステータスが一回りほど強化された。


おそらくこの能力で、少女も自身の力をドーピングしていたのだろう。


なかなかに面白い剣だと思ったが、勇者の自分はこんなものを使わなくても十分すぎるほどに強い。


そう思い、ダイキは剣をシスティーナに譲渡してしまった。


システィーナから剣にまつわる勇者の話や、その子孫たちの話などを聞いたが、特に興味はなかった。


結局のところ、現在この世界に存在する勇者が自分たちだけである事実に変わりはない。


勇者の末裔など、本物の勇者である自分たちの敵ではない。


そのことが今日勇者の末裔と戦ってみてわかったので、ダイキはその方面の話に興味を失ってしまった。


「それでは勇者様はそのまま体をお休めください」


システィーナがそう言ってテントを後にした後、ダイキは従者たちに体の世話を委ねながら、明日に控えた蹂躙劇を思って黒い笑みを浮かべた。


「せいぜい足掻いてくれよ、防衛軍ども」



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る