第74話


「何だあいつ」


「こっちに向かってくるわよ」


二人は馬に乗って近づいてくる人影に目を顰めた。


イスガルド防衛軍の兵士たちが背を向けて逃げ出す中、その人影だけは逃げることもなく真っ直ぐ二人の方へと向かってきていた。


「敵か?」


「攻撃する?ダイキ」


「まぁ待て。様子を見てみよう」


「わかったわ」


存在を認知した瞬間に攻撃を加えることもできたのだが、二人はそれをしなかった。


おそらくそうすれば相手は即死だ。


それだとつまらないので、ダイキはこの状況で自分たちに一人向かってくる影の主の姿を拝みたいと思っていた。


「お?」


「あら」


果たして二者の距離が縮まり、二人の目にも十分その人影の主の顔が確認できる近さとなった。


二人は同時にそんな声を上げる。


馬に乗ってたった一人、近づいてきていたのはまだ年端も行かない可愛らしい少女だった。


「何お前。イスガルド軍?結構かわいいな。逃げなくていいの?」


武装している少女に、ダイキは足を止めてそういった。


少女は明らかにダイキとカナに敵意を抱いているようだった。


「ちょっと?可愛いは余計じゃない?というか、だいぶ幼いけどあんたも向こうの兵士なの?」


カナが開口一番に相手の容姿を褒めたダイキをそう咎め、少女に何者かを尋ねる。


「…っ」


少女は何も答えなかった。


ただ無言で、二人を睨みつけている。


緊張した空気が周囲に漂っていた。


「何か言えよ。面倒くさくなったら殺すぞ。いや、流石に勿体無いか、こんなに可愛い子を殺すのは」


いつまでも何も言わない少女に、あまり気の長くないダイキがそういった。


「ねぇ、ダイキ。どうするこの子?私より可愛い女とかムカつくから殺していいかな?」


カナはもうその気になっているようだった。


嫉妬深い彼女は、少女の容姿が優れていることに気づき、その瞬間からこの少女に対して苛立ちを覚えていた。


ダイキが先ほどから可愛い可愛いと連呼していることも、その苛立ちに拍車をかけていた。


「まぁ待てよ。話を聞こう」


殺気だつカナをダイキが嗜める。


「ねぇ、黙ってないで何か言いなさいよ。あと私たちを馬の上から見下ろすってのはどうなの?ものすごくムカつくんだけど」


カナが苛立った口調で少女に言った。


「あ、あなたたちは……勇者なのですか?」


馬から降りた少女が尋ねてきた。



少女は、その腰に何やら高級そうな剣を帯びており、それを迷いなく抜いて、二人に対峙する。


明らかに二人を敵とみなしているその動きに、ダイキとカナは目を細めた。


「ああそうだ。俺たちは勇者だ」


「魔族の協力者であるあんたたちに裁きを与えにきたわ」


チラリとダイキを見ながらカナがそう言った。


ダイキの指示通り、カナはシスティーナの戦争の大義名分を信じている演技をする。


誰がこの会話を聞いているかわからないからだ。


自分たちの真の目的を誰にも悟られることがないよう、二人は細心の注意を払っていた。


「…魔族の協力者?」


少女が緊張した面持ちの中に、わずかに疑問の色をのぞかせる。


おそらくカナの言葉の意味がわからなかったのだろう。


それは少女やイスガルド防衛軍が、魔族の協力者であるというシスティーナの言い分を否定するも同然の反応だった。


もし本当にイスガルド陣営が魔族と共闘しているのなら、もう少し違った反応になったことだろう。


「あなた方がカナンの街侵攻に協力する勇者であるのならば、ここを通すつもりはありません」


若干戸惑っていたように見えた少女だったが、剣を構えなおし、覚悟を決めた顔つきでそういった。


「え、何?戦うの?さっきの見てたよな?あんた死ぬぞ?」


この美少女を殺すのは勿体無いと少し思い始めていたダイキがそう言った。


「私たちは勇者よ?勝てるはずないじゃない。ま、死にたいっていうのなら止めはしないけど」


カナは少女の生死にあまり興味はなかった。


「そう簡単にやられるつもりはありません。勇者の末裔として……人類の敵となりうる勇者の存在を私は許さない」


「勇者の末裔?どういうこと?あんたも勇者なのか?」


突然勇者の末裔などと言い出した少女に、ダイキは首を傾げる。


「あれじゃない、ダイキ。こいつシスティーナが言っていた勇者の子孫なんじゃない?勇者がこの世界の人間に産ませた子供の家系があるて言っていたじゃない」


カナが出撃の前にシスティーナが言っていた話を持ち出した。


システィーナは二人が出撃する前に、敵の将はおそらく勇者の末裔のアリシアという少女なので注意するようにと念を押してきていたのだ。


「そんな話を聞いた気がする」


どうせ自分たちに勝る存在などいないと思っているダイキは話半分に聞いていたシスティーナの警告を、朧げに思い出して頷いた。


「きっとそうよ。となるとこの子が多分防衛軍を率いているんだわ」


カナが少し興味を持って少女に視線を向ける。


この少女が、ただの兵士ではなく敵側の大物だとわかったからだ。


「ふぅん、勇者の子孫か。ということは、こいつは勇者の血が入っているのか。だったら少しは楽しめそうだな?」


ダイキも若干の興味を持って少女を見る。


「そうね。なんの力も持たない兵士じゃ退屈だものね」


カナがペリろと唇を舐めて、黒い笑みを浮かべた。


剣を握る少女から殺気が放たれ始めた。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

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