第73話
「だめだぁああああ」
「逃げろぉおおおおおおお」
「撤退だ、撤退ぃいいいいいい」
ダイキとカナが阿鼻叫喚の戦場を悠々と歩いている。
どうやらムスカ王国軍はまたしても突撃作戦に失敗したらしく、敗走し、イスガルド防衛軍に逆に追い詰められ、追撃されている最中のようだった。
二人がカナンの街の防衛ラインを目指して歩く中、多くのムスカ王国軍が反対方向、陣地を目指して我先にと逃げている。
イスガルド防衛軍に追い立てられながら、悲鳴をあげて逃げてくるムスカ王国軍に、ダイキとカナは呆れ返っていた。
「おいおい、こいつらまた負けて逃げているのか?」
「はぁ、根性なしね……一応、相手は魔族の協力者で人類を救うための聖戦ってことになってるのに……逃げちゃだめじゃない」
「ははは。こんな弱っちい軍隊でシスティーナはカナンの街を落とすつもりだったのか?話にならないな」
「システィーナが言っていた冒険者?っていう連中はそんなに強いのかしら。それとも例の勇者の末裔?そいつのせいで負けてるの?」
「さあ、な。よくわからんが……しかし敵の方からこちらに近づいてきているのは好都合だな。まとめてぶっ殺すか」
「ちょっと待ってよダイキ。まだ味方も残ってるじゃない。巻き添えにするの?」
「構いやしねーだろ。あんな小さな街ひとつ落とせない役立たずども、敵と共に死んでもらったほうがましだ」
「それはそうかもしれないけど……システィーナに知られたら…」
「はっ。俺たちの力がなきゃこんな戦争にすら勝てないあの女が俺たちに何か言える立場じゃないだろ。多少味方兵士を殺したって文句は言わせないさ。もう待ってられん。やるぞ、カナ」
「それもそうね。ええ、わかったわ」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑い、それからこちらへ向かってきているイスガルド王国軍の兵士たちを見据えた。
「突撃しろぉおおおおおおお」
「ムスカ王国軍を殲滅しろぉおおおお」
「逃すなぁああああああ」
「一人でも多く仕留めるんだぁあああ」
「アリシア様万歳ぃいいいいいい」
「うおおおおおおおおおおおお」
勢いづいてこちらに向かってくるイスガルドの兵士たちは、二人にとって的でしかなかった。
「吹き飛べ、有象無象」
「これが裁きよ、喰らいなさい」
二人は、まだ逃げ遅れた味方兵士が自分たちの攻撃範囲に入っていることを十分承知で、イスガルド防衛軍に対して容赦なく特大威力の魔法を打ち込んだ。
ドガァアアアアアアアアアアアン!!!!
「「「「ぐぁあああああああああ!?!?」」」」
「「「「ぎゃあああああああ!?!?」」」」
魔法が着弾し、凄まじい轟音が鳴り響いた。
グラグラと地面が揺れ、魔法爆発を被弾した兵士たちが悲鳴と共に吹き飛ばされる。
もくもくと煙が立ち上り、視界が悪くなる。
「ぐぉおおお」
「な、何が起こったぁあああ」
「くそぉ…助けてくれぇえええ」
「死にたくないぃいいいい」
「お、俺の腕がぁああああ」
「痛い痛い痛い痛い痛いよぉおおおお」
たった一撃で、イスガルド防衛軍の進撃は止まった。
一気に数百名の兵士が魔法爆発によって吹き飛ばされ肉塊に成り果てた。
あちこちからまだ息がある兵士たちの悲鳴が聞こえる。
勇者二人の周りは、無数の死体が転がり、血の匂いが充満した地獄と化した。
「ははははははははは。すげーな!!これが勇者の力か!!」
「きゃははははっ。気持ちいぐらいに吹き飛んだわねぇえええ!!!」
一瞬にして築き上げられた死体の山に、勇者二人はおかしそうに笑い声を上げた。
一撃で数百名の命を狩った二人に罪悪感を覚えるような様子は微塵もなかった。
システィーナの教育プログラムによって人を殺すことにもはや何の罪悪もかんじなくなった二人は、敵国の兵士を殺すことを何とも思っていなかった。
「て、撤退だぁあああああ!?!?」
「うわぁああああああ!?!?」
「ひぃいいいいいいい!?!?」
「な、何が起こったぁああああ!?!?」
「な、何人も死んだぞ!?」
「攻撃されている!!どこからか攻撃されているぞ!!!」
「む、無理だぁあああああ!!!」
「逃げろぉおおおお!!!引けぇえええ引けぇえええええ!!!」
最初の一撃で力の差を理解したらしいイスガルド防衛軍が、完全に勢いを失い、一気に撤退を始めた。
もはや陣形など保つ余裕もなく、悲鳴を上げながら、怪我人を助ける余裕もなく我先にと防衛ラインへ引き返していく。
「おいおい、待てよ。逃げるんじゃねぇ。さっきの威勢はどこに行ったんだ?」
「きゃはは。無様な連中ね。さっきまであんなに調子に乗ってたくせに。ほら、冒険者とかいう奴らは誰なの?強いんでしょう?かかってきなさいよ」
二人は逃げるイスガルド防衛軍に対して魔法を連続で撃ち込んだ。
立て続けに凄まじい規模の魔法爆発が起こり、轟音と振動が戦場を支配した。
勇者の魔法が一発着弾するたびに、イスガルド防衛軍は数十人規模の損害を受けていた。
もはや戦いではなく、一方的な蹂躙の様相を呈していた。
戦いを放棄した兵士たちは、悲鳴を上げながら、武器を捨てて一目散に防衛ラインへと逃げていった。
「つまらんな。こんなものか」
「まるで勝負になってないわね」
一目散に逃げていくイスガルド防衛軍の背中を見ながら、二人の勇者はつまらなさそうに吐き捨てた。
「もう少し楽しめると思ったんだがな。所詮味方も敵も似たり寄ったり。選ばれなかった連中はこんなものか」
「私たちの勇者の力が強すぎたのね。話にならないわ。はぁ。システィーナはこんな奴らに手間取っていたの?」
「さて、どうするか。このまま本陣まで行くか?多分この感じじゃ、俺たちが本気を出せば、今日中に防衛ラインを突破できるんじゃないか?」
「出来るでしょうね。敵が何人いるかわからないけど、半日あれば壊滅させられると思うわ」
「システィーナはあまり深煎りはするななんてつまらん指示を出してくれたわけだが……これだけじゃ物足りねぇな。もう少し殺したい気分だ」
「ねぇ、ダイキ。あいつらをギリギリまで追い詰めましょうよ。兵士を半分ぐらい殺して絶望を与えるの。殲滅するのは明日。面白いと思わない?」
「ククク…なかなかいい性格してるな、カナ。だが悪くない。とりあえず歯ごたえがあるやつに出会うまで殺し続けるか。もしかしたら冒険者?って連中の中に少しは俺たちと渡り合える奴がいるかもしれないからな……ん?」
そんな話をしていた二人は前方を見た。
人影が一つ、馬に乗って逃げるイスガルド防衛軍の流れに逆らうようにして二人の方へと向かってくるのが見えた。
〜あとがき〜
近況ノートにて三話先行で公開中です。
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