第72話
ダイキとカナ。
異界より召喚された二人の勇者は力を振るう機会に飢えていた。
ムスカ王国軍とイスガルド防衛軍の戦争に同行したはいいものの、システィーナには待機を言い渡されていた。
強力な勇者の力は來るべき時まで温存しておきたいと言うのがその理由らしい。
一応システィーナの命令に従ってはいる二人だったが、本音では戦場に出て勇者の力で敵を蹂躙したいと考えていた。
モンスターを殺したり、罪人を一方的に殺すことに二人は飽きていた。
自分たちは選ばれた存在であり、世界を救う英雄であるという自負がある二人は、戦場に出て英雄的活躍をし、力を誇示したいという欲求に支配されていた。
だから、システィーナが通常兵力での勝利に失敗しかけていることを知った時、二人は歓喜した。
「俺たちに任せろ」
「あんたが手こずっている敵を蹴散らしてあげるわよ」
「わ、わかりました…勇者様。このような形で出撃いただくのは不本意ではありますが、どうかそのお力をお貸しください」
通常兵力のみでカナンの街を落とすと意気込んでいるシスティーナは相当苦戦しているようだった。
数では優っているはずなのに突撃作戦で幾度となく失敗し、兵士の損耗率は上がる一方だった。
システィーナは温存していくつもりだった勇者二人の力に頼らざるをえなくなった。
勇者としての力を存分に発揮する絶好の機会を得た二人は、嬉々として戦場に出ていった。
「これで人間どもを大義名分のもと、殺しまくれるな。この世界は最高だ」
カナと共に戦場へ向かいながら、ダイキはそう独りごちた。
これから血みどろの戦場に向かうと言うのに、その口元には楽しくて仕方がないといったような笑みが浮かんでいた。
「あんた最低ね。私たちの目的は魔族から世界を救うことでしょう?」
カナがそんなことを言ってダイキを嗜めるが、ダイキは本性を隠そうともしなかった。
「魔族との戦い、か。まぁ、ぶっちゃけ俺にとってはもはやどうでもいい。この世界で俺は勇者で、英雄で、特別で、選ばれた存在だ。だから何をしてもいい。何をしても許される。全てを手に入れられる。その事実だけで十分だな」
「はぁ…そんなことシスティーナの前で言うんじゃないわよ」
呆れたようにいうカナにダイキは疑問の表情を向けた。
「どうしてだ?」
「あんたの本性を知ったら流石にシスティーナでも怒るんじゃないの?城から放逐されたりしないかしら」
「するわけないだろ。カナ。お前はあの女の本質に気がついていないのか?」
「…どう言うことよ」
「はぁ…やっぱり気づいていなかったか。じゃ
あ、この機会に教えてやるよ」
ダイキは、この世界に召喚された当初からシスティーナに自分と同じ性質が眠っていることをかぎ取っていた。
色々御託を並べたり、最もそうな体技を並べたりはしているが、要するにシスティーナは自分と同じで人の上に立ちたい存在なのだ。
人の上にたち、支配し、自分の思い通りにしたい。
全てを手に入れて自分の命令通りに動かしたい。
そんな欲求に突き動かされている人間であることを、ダイキはすでに見抜いていた。
「システィーナの目的は多分人類を救うことじゃない。少しでも自国領を広げて自分の支配の及ぶ範囲を広げることだ。要するに権力の拡大だな。そのために俺たちは召喚されたんだ」
「はぁ…?どう言うこと?魔族から世界を守るために私たちは召喚されたんじゃないの?」
ぽかんとするカナにダイキは首を振った。
「おそらく違う。俺にはわかる。あの女はそんな正義のために行動するような奴じゃねーよ。支配欲に塗れた女だ。あの女は最初っから他国との戦争で俺たちを利用するつもりだった。人類の未来とか、微塵も考えていない」
「ふぅん?ま、ダイキがいうんならそうなんでしょうね」
カナにとってはダイキによるシスティーナの本性の暴露は唐突で全く予想だにしないものだったが、しかし彼女はあっさりとダイキの話を信じた。
家柄がよく、高学歴のダイキのことを、カナは盲目的に信じていた。
ダイキがいうのならシスティーナの本性は、そのようなものなのだろうとカナは納得した。
「それで、どうするの?システィーナが私たちを利用しようとしているんなら、私たちはあいつから逃げたほうがいいの?」
「いいや、俺たちはこのままあいつの元にいる。あいつの話を信じたふりをして、あいつの命令に従っていればいい」
「どういうこと?それじゃあ、利用されるばっかりじゃない」
「それでいいのさ」
ダイキがニヤリと笑った。
「城での生活は悪くない。それに……システィーナの支配欲には俺も共感を覚えるところがある。あいつと協力して、ムスカ王国の勢力図を少しでも広げる。で、ムスカ王国がどんどん大きくなったところで……頃合いを見てシスティーナを殺せばいい」
「え、システィーナを殺すの?」
「そうだ」
ダイキがドス黒い笑みを浮かべた。
「あいつを殺して国を乗っとればいい。そうすれば、俺たちは、人類の王となれる。要するにこの世界を支配できるってことだ。悪くないんじゃないか?」
「この世界を支配……私たちがこの世界で一番偉くなるってこと?」
「ああ。全てが俺たちの意のままに動くんだ。法だって俺たちが決められる。勇者の力の前に、この世界のすべての人間がひれ伏すんだ。どうだ、カナ。最高じゃないか?」
「…」
カナは少し考えた後にダイキを見た。
その口元には、ダイキと同様の野望に満ちた笑みが浮かんでいた。
「最高じゃない、ダイキ。やっぱりあんたは天才よ。私、一生あんたについていくわ」
「ククク。そうこなくっちゃなぁ。それでこそ俺の女だ」
ダイキとカナは肩を組んでニヤニヤと笑う。
「いいか、カナ。俺たちの考えていることをシスティーナに知られてはいけない。俺たちをうまいこと利用していると思っているあいつを、逆に俺たちが利用するんだ。そのために、これまで通り魔族との戦いのために俺たちが召喚されたっていう話を信じているふりをしろ。絶対に俺たちの真の目的をあいつに悟られちゃいけない。わかるな?」
「わかったわ、ダイキ。演技は得意よ」
カナが自信を持って頷いた。
彼女は家柄や学歴という点において優れてはいなかったが、自らを偽ることにかけては天才的だった。
本性を隠し、育ちの悪さを隠し、男を騙し、魅了し、地位を得る。
そうやって世の中を渡り歩いてきたカナにとって、ダイキの指示はそう難しいものではなかった。
「ま、ひとまず今はあいつの指示通り、イスガルド防衛軍を殺しまくるぞ。暴れれば暴れるほど俺たちの力を周囲に誇示できる。味方にも敵にも恐れられて、ますます俺たちの存在感が増す。わかったな?」
「ええ……モンスターとか無抵抗の罪人を殺すのはもう飽きたもの。存分に暴れてやりましょうよ」
「そうだ……勇者としての力の確認にもなる。さあ、俺たちの初陣を思う存分楽しもうか」
二人は秘められた野望と共に、黒い笑みを浮かべながら前方へ見える主戦場へと悠々と歩いていった。
〜あとがき〜
近況ノートにて三話先行で公開中です。
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