第71話


「よお、戻ったぞ〜」


「システィーナ。今戻ったわ。あんたが苦戦したゴミどもを蹴散らしてきたわよ」


「お、おかえりなさいませ、勇者様!お待ちしていました」


自陣へと引き返してきた勇者二人をシスティーナは笑顔で迎え入れた。


すぐに近くに控えていた従者たちが、勇者たちを労い、汗を拭いたり、飲み物や食事を提供したりと労う。


勇者二人は、身の回りの世話を当然のように従者たちにさせながら、システィーナに得意げに言った。


「相手にもならなかったぜ。正直言って退屈だった。連中、俺たちの力を見た途端、背中向けて逃げ帰りやがった。滑稽な姿だったぜ。ははははは」


「ええ、そうね。一体何人殺したかしら?千人ぐらい?わからないけれど、楽な仕事だったわ。アリを踏み潰すよりも簡単よ」


「流石です、勇者様。あなた方の強大な力に適うものなどいません。敵が逃げ帰ったのも当然と言ったところでしょうか」


システィーナは常に自らの力を誇示したい彼らの性格を知っていたので、ひたすら勇者様勇者様といつものように二人を持ち上げた。


王族のシスティーナに持ち上げられ、二人はすっかり気分を良くしたようだ。


「お前、あんなのに苦戦してたのか?本当に楽勝だったぜ。今日は様子見程度にしてやったが、本気を出せば多分半日で全滅させられるな」


「そうね。私たちに勝てるどころか、相手になりそうな奴もいなかったわ。冒険者?っぽい連中もいたけど、他の兵士と同じで私たちの魔法で吹っ飛んでいったわ。うふふ」


勇者たちは敵国の兵士、冒険者を殺したことになんの罪悪感も覚えていないようだった。


システィーナは自分が施した“教育”が、見事に機能していることに内心ほくそ笑む。


(それにしても……想像以上の戦果です。やはり勇者の力は凄まじい)


二人を利用するために煽てる一方で、システィーナは勇者の力に感心もしていた。


実を言うと二人の戦闘の一部始終をシスティーナは自陣から、浮遊の魔法と遠視の魔法を使い、上空から観察していた。


敗走したムスカ王国軍に追い打ちをかけるイスガルド防衛軍は、勇者二人にとってはわざわざ罠の中へ飛び込んできてくれる獲物でしかなかった。


勇者が最初に放った魔法の威力は、システィーナの想像を遥かに超えていた。


あの最初の一撃でおそらく数百人近い兵士が命を落としただろうとシスティーナは目算していた。


イスガルド防衛軍の前衛は一気に崩壊し、兵士も冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。


自らの組織した軍を手こずらせていた憎き防衛軍が、阿鼻叫喚しながら逃げ惑う様を遠くから観察してシスティーナは思わず笑みを浮かべた。


誰一人として勇者に立ち向かおうとする兵士はいなかった。


最初の一撃で力の差を悟った兵士たちは、背を見せて自陣へと逃げ戻っていった。


勇者二人には、あまり敵陣地へ深入りはするなという指示を出していたのだが、慎重すぎたかもしれない。


これだけの力の差があれば、その気になれば今日中に防衛軍を壊滅させ、カナンの街を陥落させることが可能だったかもしれなかった。


「ああ、そういえばシスティーナ。戦場でお前が言っていた敵の将にあったかも知れないぜ」


「敵の将?もしかして勇者の末裔アリシアのことでしょうか?」


もちろんシスティーナはアリシアと勇者の戦いも見ていたのだが、知らないふりをした。


「ああ。そいつだそいつ。勇者の末裔?ってやつだ。戦ってみたんだが、全然大したことなかったぜ」


「そう。なんか変な剣を持って私たちに立ち向かってきたけど、遅すぎて話にならなかったわ」


「アリシアが持っていたその剣はどうしましたか?」


「これだよこれ。なんかレア武器っぽかったから奪ってきたぜ」


ダイキがシスティーナに、アリシアから奪った聖剣を従者を使って渡した。


システィーナは従者から受け取った剣を見てほくそ笑む。


手の中で光り輝くそれは、システィーナが喉から手が出るほど欲しかった者だった。


聖剣。


かつて世界を救った勇者が使っていたとされる武器。


システィーナにとって唯一の懸念は、この剣とアリシアの存在だった。


もし敵勢力に勇者と同じステージで戦える者がいるとすれば、それは聖剣の力を引き出すことができるアリシアのみだった。


もしかしたらまだ成長途上の勇者が、聖剣をもったアリシアに負けるかも知れない。


システィーナの中にはそんな危惧がほんの少しはあったのだ。


だがそれもアリシアと勇者の戦いを見て、杞憂に終わった。


勇者は別格だった。


アリシアなど、勇者にとって取るに足らない存在だった。


確かに聖剣の力を宿したアリシアは強かった。


システィーナにとって彼女の速さ、加護による回復力は脅威だったが、勇者の前ではその力も無意味と化した。


アリシアは勇者に無様に負けて、瀕死のところまで追いやられた。


その後、なぜ勇者はアリシアにトドメを刺さなかった。


きっと何かの余興のつもりなのだろう。


システィーナとしては、アリシアをその場で殺してもらった方が良かったのだが、どのみち聖剣のないアリシアは無価値な存在だ。


聖剣がこちらの手にある以上、もうアリシアなど取るに足らない存在なので生死はどうでもいいと、システィーナは判断していた。


「なんなんだその剣は?」


「ぴかぴか光ってるけど、何かすごいの?」


二人がシスティーナに聖剣とは何かを問う。


システィーナは、かつて世界を救った勇者がこの世界に聖剣を残した経緯や、勇者の末裔であるアリシアの出自などを簡単に説明した。


「ふぅん。そうなのか」


「そーゆーことだったのね」


二人は興味なさそうにシスティーナの話を聞いていた。


本物の勇者である彼らにとって、所詮その力の一部を引き継いだにすぎない勇者の紛い物などどうでもいいのかも知れなかった。


「勇者の末裔と言っても所詮本物の勇者であるあなた方には敵いません。アリシアは死んだのですか?」


「いや、殺さなかった。その方が面白いと思ってな」


「こいつの変態趣味よ、システィーナ。仲間が殺されて苦しむ顔が見たいんですって」


「はぁ」


「そのぐらいの余興があってもいいだろ?」


「システィーナからもこの変態に何か言ってやってよ」


「いえ、私からは何も。聖剣を持たないアリシアにはなんの力もありません、勇者様のお好きなようになさるのがいいかと」


「ああ、好きにするさ」


「はぁ…ダイキってそう言うところあるよね」


「お二人はそのまま体を休めておいてください。私は少し用事があるのでここを離れます」


「おう」


「はーい」


システィーナはそのまま、勇者二人の元を離れた。


いたずらに兵を損耗させた無能な参謀を処分しに向かいながら、暗い笑みを浮かべる。


「勇者を召喚して正解でした……これでようやく明日、カナンの街を落とせますね」





〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

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