第69話


「ぉおおおお!!!」


「傷が癒えていく…!」


「噂は本当だったんだ…!」


「流石、兜の治癒術師様だ…!」


「まさに神業だ…こんな回復魔法は見たことがないぞ…!」


俺が回復魔法を使うと、少女の負傷した部分が光に包まれ、修復されていく。


数秒間の間に元通りになっていく少女の体を見て、少女を運んできた兵士たちが目を丸くする。

「んぅ…」


怪我が癒えたことで、苦痛に歪んでいた少女の表情がやわらいた。


閉じられた目が、ゆっくりと開かれる。


「アリシア様が目を覚ましたぞ…!」


「よかった…!一命を取り留めたんだ…!」


「アリシア様が復活されたぞ!!」


「ありがとうございます、兜の治癒術師様!!!あなたのおかげで瀕死のアリシア様が死の淵から救われました!!!」


兵士たちが少女の復活に騒ぎ立てる。


少女が体を起こして辺りを見渡す。


「ここは…?」


「野戦病院の治療テントです…えーっと、アリシアさん?でいいですか?」


「野戦病院…」


アリシアはまだ現状をちゃんと把握出来ていないようだった。


周りを見て、それから自分のお腹に手を当てる。


「あれ…?私、なんで生きて…?」


そこにあった怪我を確かめるように、アリシアは何度も自分のお腹を撫でる。


兵士たちが俺を指差していった。


「アリシア様!兜の治癒術師様のおかげです!」


「あなたの怪我は兜の治癒術師によって治されました!!!」


「アリシア様!もう大丈夫です!兜の治癒術師の神技によってあなたの怪我は完璧に癒やされました!!!」


「兜の、治癒術師様…?」


アリシアが俺を見た。


持ち上げられた俺は、なんだか照れ臭くなりながら自己紹介をする。


「ど、どうも……兜の治癒術師です」


「は、初めまして……えっと、あなたが私の怪我を癒してくれたのですか?」


「はい、そうです」


「ほ、本当なのですか…?その、疑うわけではないのですが、私の怪我は相当酷かったはずです。

あの傷を……あなた一人で?」


「はい。一応そういうことになります」


「…信じられません」


アリシアはもう一度自分のお腹を撫でた。


鎧が砕け、服が破けて、真っ白なお腹と胸の下半分が晒されている。


なかなかに目に毒な光景だ。


兵士たちが申し訳ないと思ったのか、サッと目を逸らしている。


俺も気を遣ってちょっとだけ兜を横に傾けた。


「骨が折れていたはずなのに……内臓だって傷ついていたはずです……でも、もう痛くありません……治ってしまいました。なんだか夢でも見ているような気分です」


「傷が完治したようで何よりです」


「あの……どなたかは存じませんが、本当にありがとうございます。あなたは命の恩人です」


アリシアは丁寧な所作でお礼をした。


その所作から、何か高貴なものを感じる。


周りの兵士たちからの扱われ方を見るに、もしかしたらかなり位の高い人なのかもしれない。


「傷を癒すのが自分の役目なので……仕事をしたまでです」


「信じられません……本当のことを言うと私はもう命を諦めていました……あなたのような治癒術師がいるなんて今まで知りませんでした。この恩はいつか絶対に返したいと思います」


「いえ……お気になさらず」


「そう言うわけにはいきません。その……よければお顔を見せてもらってもいいでしょうか?恩人の顔を一目見ておきたいのです」


「あ、いえ、それはですね…」


俺は困ってしまう。


感謝をされるのは嬉しいのだが、顔は晒したくない。


だがなんとなく相手は高貴な身分のような気もする。


そんな方に対して顔を見せずに対応するのは失礼なんじゃないかと言う気もしてきた。


「もしかして顔を隠す理由がおありなのですか?恩人のあなたに嫌な思いはさせたくはないので、無理にとは言いませんが…」


「いえ、絶対に無理というわけではないのですが…」


俺は葛藤した末、この少女にだけ自分の素顔を明かすことにした。


「あの……あまり大勢に素顔を知られたくない事情がありまして……あなただけでしたら、その…」


「わかりました……ええと、それじゃあ、あなたたちは」


「は、はい」 


「わかりました」


「外で待っています!」


アリシアの意図を察してすぐにテントを出ていく兵士たち。


俺はテントの中でアリシアと二人きりになる。


「できれば俺の顔はあんまり広めてほしくないです。ここだけのものにしてくれませんか?」


「わかりました。不用意に広めるようなことは絶対にしないと約束します」


アリシアは約束を破るタイプには見えない。


俺は真剣な表情の彼女の前で、初めてこのテント内で兜を脱いで他人に素顔を晒した。


「あ、あなたは…!」


アリシアは俺の顔を見た瞬間に目を見開いた。


「あ、あの時の……!」


「え…?」


「ぱ、パレードで目が合いましたよね…?確か……なぜか私はあなたの顔を克明に覚えているのです」


「パレード……あ」


ここへきてようやく俺も思い出した。


少女がここに運び込まれてきた時に感じた既視感の原因がわかった。


この子、この戦争が始まる前に王都からの軍を率いて街を歩いていた少女だ。


あんな幼い子まで戦争に参加するのか、とそんな感想を抱いたのを覚えている。


「変な話ですが……懐かしい感覚を覚えたのです、あなたの顔を見た時に。まさかあの時のあなたが兜の治癒術師様だったなんて…」


「す、すみません……身分を知らず、無礼な態度を…」


兵士たちがアリシアの命令に即座に従ったのを見てほとんどわかっていたことだが、やっぱり偉い人だったか。


俺はそうとは知らずに無礼な態度をとってしまったことを詫びる。


「いえ……それはいいのです。私としてもこのぐらいの距離感の方が気を張らなくて済むので助かります……なので畏まらなくて結構ですよ?」


「本当ですか?……じゃあ、このままで」


「はい」


アリシアが微笑した。


とりあえず不敬罪などにならなくてよかったと安堵しながら、俺は気になったことを尋ねた。


「それで…ええと、何があったのかとか、聞いてもいいでしょうか?」


「…っ」


何かを思い出したのか、アリシアの表情が悲痛に歪んだ。



〜あとがき〜


近況ノートにて三話先行で公開中です。






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