第68話


「はぁああああああ!!!」


覇気の声と共にアリシアは勇者へと斬りかかった。


聖剣の力を存分に使い、勇者を仕留めるつもりの攻撃を連続で繰り出す。


「おいおい、その程度かよ?そんなのじゃあ、いつまで立っても当たらないぜ?」


アリシアの全力の攻撃を勇者は退屈極まりないと言った感じで避けていた。


その動きは全く無駄がない最小限のものであり、アリシアの聖剣は勇者と紙一重のところを通り過ぎていった。


アリシアはこれまで、一対一の戦いの中で全力を出したことがなかった。


これまで相対してきた敵は例外なく、アリシアが全力を出し切る前に倒されてきたからだ。


勇者の力にゆかりのないものなど、アリシアの敵ではなかった。


聖剣がそばにあるかぎり、少なくとも一対一の戦いではアリシアは誰にも負けないとそう思っていた。


だが、今、アリシアは正真正銘の全力を戦いに注いでいた。


聖剣の力も、今まで培ってきた技術も、数々の戦場で養われてきた経験も、そのすべてを勇者を倒すために使っていた。


だがまるで歯が立っていなかった。


聖剣の力を引き出した全力のアリシアは、勇者の足元にも及んでいなかった。


「おいおい、そんな一辺倒な攻撃だけじゃなくて、何かもっと違うやり方を試せよ。つまらねぇだろうが」


勇者はアリシアの攻撃を避けながら退屈そうにそういった。


アリシアは薄々気がついていた。


まだ自分が生きているのは勇者の気まぐれた。


勇者が自分を殺すつもりで反撃してこれば、その瞬間自分の生命が終わる。


自分が今生かされているのは勇者の気まぐれにすぎない。


「ぁああああああああ!!!」


恐怖で押しつぶされそうになるのを誤魔化すようにアリシアは雄叫びを上げる。


反撃された時の対策など何もない、がむしゃらな、全力での連続攻撃で勇者の体を捉えようとする。


「だからそれはもう見飽きたんだって」


パシッ


「なっ!?」


アリシアは目を剥いた。


剣が、動かない。


まるで空気中で固定されてしまったかのように少しも動かせない。


勇者が、聖剣の先を指先で摘んでいた。


二つの指で、特に力を込める様子もなく、聖剣を掴んでいた。


たったそれだけで、アリシアの動きは封じられてしまった。


「…っ」


アリシアは全力で勇者の拘束から逃れようとする。


だが、勇者に捕まれた聖剣は少しも動かなかった。


「その悔しそうな顔、そそるねぇ」


勇者がふんばるアリシアの表情を見て、ニヤリと笑った。


「こうしたらどうかな?」


ドガァン!


「おごぉ!?」


勇者がアリシアの腹に蹴りを入れた。


アリシアは衝撃で吹っ飛ばされ、地面に転がった。


息ができない。


痛みで意識が飛びそうになる。


傷の状態を確認する余裕すらなかったが、確実に何本かの骨が折れていた。


聖剣の加護がなかったら、そのまま体が破裂して肉塊に変わっていたかもしれない。


「苦しんでいる顔もいいな」


勇者が苦悶の表情を浮かべるアリシアを見ていった。


「趣味わる〜。ダイキってそういうところあるよね〜」


「あ?お前もだろ、カナ。自分より立場が下の人間を痛めつけるのが好きなくせに」


「ちょっと〜?私のことなんだと思ってんの〜?」


勇者二人がそんな会話をしながらアリシアに近づいてきた。


そしてダメージから回復できずに、地に這いつくばっているアリシアを、冷たい瞳で見下ろす。


「どうする?そんなに強くなかったし、殺しちゃう?」


「そうだなぁ。勇者の末裔って聞いたからどんなもんかと思ったけど……全然だったな」


「もしかしたらこの子じゃなかったのかもね〜、システィーナが言っていたのは。それとも私たちが強すぎるとか?」


「さあ。わからんな。とりあえずこれは貰っていくか」


勇者がアリシアの傍に落ちている聖剣を拾い上げ、繁々と眺める。


「なんか特殊武器?っぽくね?光ってるし」


「ふぅん?そうなの?」


「お、この剣のおかげで若干ステータスが上がったな。そういう力があるのか」


「システィーナが言っていた聖剣ってやつ?そうなら勇者の私たちにこそ相応しいんじゃない?ほら、ダイキが持っている時の方が、この子が持っている時よりも光ってるわよ」


「か、えせ…」


アリシアは手を伸ばす。


聖剣を奪われるわけにはいかない。


だが、もう抵抗する力は残っていなかった。


聖剣が体から離れ、加護の力を受けられなくなってしまった今、じわじわとダメージがアリシアの体を蝕んでいた。


意識がだんだんと薄れていく。


「で、この子は?殺すの?」


「いや……今はまだいい。生かしておこう」


「えー、どういうこと?あんたまさか、城に連れ帰るっていうんじゃないでしょうね?」


「そうじゃない。こいつはここに置いていく。助けが来る前に死んだらそれまでだし、もし万が一助かっても、結局自軍の全滅を目の当たりにすることになる。仲間が殺されていくときにこいつがどんな顔をするのか、拝みたくなった」


「うわ……流石の私もドン引きかも…」


「このぐらいの余興があってもいいだろ?どうせ俺たちが本気を出せば、誰も敵わないんだし……それにこいつには勇気と気概があるだろ?他の兵士が逃げる中でこいつだけは俺たちに立ち向かってきた。正義ゆえか、それとも母国愛か、あるいは王家への忠誠か……理由はわからんが、しかしおもちゃとして生かしておいた方が面白いと思わんか?」


「私は殺しちゃった方がいいと思うんだけど。私より可愛いのが気に食わないし」


「嫉妬深いお前らしいな。ま、俺もそいつにそこまで執着心があるわけじゃないから、殺したいのなら殺していいぞ」


そう言って男の方の勇者は踵を返して歩いていった。


残された女の勇者が、アリシアを見下ろす。


「ぁ…あ…」


アリシアはもう腕一本動かす力すら残っていなかった。


ただ薄れゆく意識の中で最後の時が来るのを待つことしかできなかった。


「やっぱいいかな」


やがてそんな声が聞こえ、女の勇者もアリシアから離れていく気配がした。


「ダイキに嫌われたくないし。ダイキの変態趣味に感謝してねー、偽物勇者ちゃん。それじゃ」


女の勇者のそんなセリフを聞いたのを最後に、アリシアの意識は途絶えたのだった。



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で公開中です。

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