第67話
聖剣が使用者に与える恩恵は大きく分けて三つだった。
一つ目は、通常の武器ではあり得ないような圧倒的な切断力だ。
聖剣に斬れぬものはない。
そう断言して間違いはないほど、聖剣の切れ味は鋭く、聖剣の力を引き出せるものが一振りすれば、どんな大きさの岩でも、どんな硬さの鎧でもたちまち切断してしまう。
聖剣の前にはどんな鎧も盾も無効化され、その防御力はたちまち無に帰してしまう。
二つ目は、身体能力の向上だった。
聖剣の力を引き出せるものがその剣を握れば、圧倒的にステータスが強化され、身体能力が向上する。
瞬発力、跳躍力、反射神経、動体視力。
ありとあらゆる戦闘に必要な基礎能力が一回りも二回りも強化され、体格差、性別差、年齢差、種族差などを一瞬にして覆してしまう。
そして三つ目が、回復力の速さだった。
聖剣の使い手は等しく聖剣の加護の力を授かることができ、聖剣の加護の効力によって回復力が飛躍的に高まる。
何ヶ月も治る大怪我なども数日で完治し、浅い傷は戦闘中に修復され、体力の損耗なども瞬く間に補われる。
聖剣の使い手は、政権がそばにあるかぎり、それらの破格の恩恵を受けることができる。
これが聖剣の使い手が、年齢、性別を問わず、周囲から畏怖され、尊敬される所以である。
そしてそんな聖剣の使い手に選ばれたアリシアは、聖剣の力を得てからというもの戦闘において負けたことはなかった。
まだ歳が10歳にも満たない頃、彼女は腕試しを挑んでいた筋骨隆々の冒険者と戦ったことがある。
その冒険者は最近その街で名を上げてきている若い男で、アリシアよりずっと背丈が高く、筋肉量も多かった。
その頃アリシアは全くと言っていいほど戦闘経験がなく、筋肉もなければ、背もずっと低かった。
“聖剣の使い手アリシアを倒した”という称号欲しさに勝負を挑んできたその冒険者の男は、アリシアを前にしてがっかりしたように肩を落とした。
「あんたが聖剣の使い手か?」
「そうですが」
「がっかりだぜ。こんなガキだったとはな」
「…何か用ですか?」
「あー、くそ。お前を倒して名を上げようと思ったのによ……こんなガキとじゃ、戦う気にもならない」
「よくわかりませんが……多分あなたでは私に勝てないと思います」
「なんだと!?」
歯牙にも掛けないアリシアの態度が気に入らなかったのか、その冒険者は幼いアリシアに勝負を挑んできた。
「ガキが……大人を舐めるなよ?あんまり生意気な態度とってるとどうなるかわからせてやるよ!!」
「はぁ」
男は10秒と持たなかった。
一騎打ちが始まって数秒後、男は気絶した状態で地面に伸びていた。
アリシアがしたことは単純だった。
勝負が始まってすぐに、地面を蹴って男に肉薄し、そのこめかみに峰打ちをお見舞いしただけだった。
男は幼いアリシアの動きに全く反応できていなかった。
おそらく何をされたのかも理解できぬままに意識を失ったことだろう。
「…」
アリシアは地面で伸びている冒険者をぼんやりと見下ろした。
この人も“遅い世界では動けない人”なんだと思った。
アリシアは聖剣を握るとなんだか世界が遅くなったように錯覚するのだ。
その遅くなった世界で動くことができるのは自分だけで、他の人は動けない。
この人も遅い世界では動けない人だった。
自分の他に遅い世界でちゃんと動いて渡り合える人はいるのだろうか。
幼い頃のアリシアはそんなふうに考えていた時期があった。
後からそれは、世界が遅くなっているのではなく、聖剣の力によって自分の動きが速くなっているゆえに周りの動きが遅く感じるのだと理解でき
てくるようになった。
ほとんどの戦士が、聖剣を握ったアリシアの速さに追いつけない。
仮になんとか対応できたとしても、結局聖剣の切断力や、聖剣の加護の前になすすべなく負けてしまう。
ゆえにアリシアは今日まで無敗だった。
名声欲しさに彼女に勝負を挑んでくるものはその後もあとを絶たなかったが、今日までアリシアが一騎打ちで負けたことは一度もなかった。
それほどの強さを、聖剣はまだ幼い彼女に与えていたのだ。
「…っ」
アリシアは勇者二人を前にしてかつてない恐怖を抱いていた。
これまで、少なくとも一人、または複数人と対峙してこれほどの恐怖を感じたことはなかった。
聖剣のおかげでアリシアは無敗だった。
どんな熟練の戦士にも、名前の売れた冒険者にも、彼女は勝つことが出来た。
勝負を挑まれるがままに強い戦士と戦っているうちに、アリシアはなんとなく戦う前から相手の強さがわかるようになった。
戦闘技術も歳を重ねるごとに熟達していき、弛まぬ努力によって聖剣の力と遜色ないぐらいに磨かれたと自分では思っていた。
だが、アリシアは勇者二人を前にして知ってしまった。
上には上がいる。
この世界には、どう足掻いても、絶対に叶わない強者がいることを悟ってしまった。
おそらく今までアリシアを前にした数多の戦士が感じたであろう感情を、アリシアは勇者を前に抱いていた。
「ほら、こいよ」
二人のうちに一人……男の方の勇者が、アリシアに手招きをした。
「俺からやるとすぐ終わるからな。勇者の末裔?なんだっけか。その力、見せてみろよ」
「えー、あんたが戦うの?」
「そうだ。カナは手を出すなよ?すぐに終わらせちゃつまらない」
「はーい」
間延びした声で女の勇者が返事をした。
アリシアが決死の覚悟で挑もうとしている戦いは、勇者にとっては遊び以外の何者でもないのだろう。
力を貸して、聖剣。
アリシアが心でそう願った。
聖剣の力が、自分の身体能力をグンと向上させたのがわかった。
「…!」
アリシアが地を蹴って男の勇者に接近する。
“遅くなった世界”のなかで、アリシアは男の首を刈り取ろうと聖剣を振った。
「おお…結構早いな」
「な…!?」
“遅い世界”のなかで、男の目が動き、しっかりとアリシアを捉えた。
聖剣によって強化された動きがここまで完璧に捉えられたのは初めての経験だった。
「…っ!」
アリシアは強引に聖剣を振った。
次の瞬間、勇者の姿が目の前から消えた。
アリシアは混乱し、周りを仰ぐ。
「こっちだぞ」
「…っ!?」
背後から声がかかり、振り向く。
勇者は無傷の状態で平然とそこに立っていた。
「遅いな」
「…っ!?」
勇者がつまらなさそうに言った。
「ちょっとは速いが……所詮お前も“遅い奴ら”の一人だ。お前では俺を捉えられない」
「あ…」
勝てない。
まだ一撃も受けていないのに、アリシアはそう悟った。
聖剣の恩恵を受けている自分ですら、勇者にとっては“遅い世界で動けない人”の一人だったのだ。
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