第66話


アリシアは微睡んだ意識の中で、過去の記憶を辿っていた。


悲鳴と怒号の飛び交う戦場。


見たこともないような威力の魔法爆発により轟音が周囲を蹂躙する。


グラグラと揺れる地面、土煙が視界を不明瞭にする。


逃げるように自陣に撤退していくムスカ王国軍を追い詰めていたイスガルド防衛軍の兵士たちが、踵を返して防衛ラインを目指し逃げていく。


「逃げろぉおおおおお!!」


「む、無理だぁあああああああ」


「ひぃいいいいいい」


「死にたくないぃいいいいい」


手柄欲しさに先陣を切っていた冒険者たちも、すっかり青ざめた表情で引き返してきている。


前方に見える二つの影がどんどん大きくなるたびに、アリシアの中で恐怖が膨らみ、飲み込まれそうになる。


自分も背を向けて逃げ出したい。


そんな当然の恐怖と闘いながら、それでもアリシアはたった一人逆走してこちらに悠々と近づいてくる二つの影に向かって進んでいった。


「大したことねぇな、こんなのに手こずっていたのか、システィーナの兵士たちは」


「はぁ。こんだけ待たせておいて全く手応えがないわね……私たちをもっと楽しませなさいよ」


「このままあいつらの街に攻め入るのもいいんじゃないか?」


「そうね。システィーナには好きに暴れていいって言われてるし……面倒だから私たち二人で敵を滅ぼしちゃいましょうか」


土煙が晴れるに従ってだんだんと視界が明瞭になり、二人の顔が見えるほどの距離まで近づいた。


一組の男女だった。


男と、女は、そこらじゅうに兵士の死体が転がる殺伐とした戦場を、これと言った装備も身につけず、馬に乗ることもなく、互いに言葉を交わしながら悠々と歩いていた。


男と女は、一目で異界人であると分かるような見た目をしていた。


勇者。


そんな言葉が、アリシアの頭に思い浮かんだ。


アリシアは、開戦前の自分の嫌な予感が現実になったことを知った。


「お?なんだあいつ?」


「女?あれも敵なの?」


二人がアリシアの姿を認めた。


アリシアは馬に乗った状態で二人と対峙していた。


生きた心地がしなかった。


使命感がなければとうの昔に逃げ出している。


恐怖を顔に出さないのがやっとで、噛み締めた奥歯は小刻みに震える体に合わせてガチガチとなっていた。


異界人二人……先ほどの凄まじい魔法爆発を引き起こし数十人を一気に肉塊に変えた張本人であろう勇者の二人は、アリシアを繁々と眺めていた。


「何お前。イスガルド軍?結構かわいいな。逃げなくていいの?」


「ちょっと?可愛いなは余計じゃない?というか、だいぶ幼いけどあんたも向こうの兵士なの?」


「…っ」


「何か言えよ。面倒くさくなったら殺すぞ。いや、流石に勿体無いか、こんなに可愛い子を殺すのは」


「ねぇ、ダイキ。どうするこの子?私より可愛い女とかムカつくから殺していいかな?」


「まぁ待てよ。話を聞こう」


「ねぇ、黙ってないで何か言いなさいよ。あと私たちを馬の上から見下ろすってのはどうなの?ものすごくムカつくんだけど」


二人の口調は、ここが戦場であることを忘れてしまいそうになるほどに軽いものだった。


アリシアなどもはや脅威として認識すらされていないようだった。


その気になればいつでも殺せる。


二人の口調からはそんな余裕が滲み出ていた。


「あ、あなたたちは……勇者なのですか?」


アリシアは馬から降りた。


そして、アリシアの家系に代々受け継がれてきた聖剣を手に取って二人に対峙した。


二人が剣を構えたアリシアを、細めためで見ながら言った。


「ああそうだ。俺たちは勇者だ」


「魔族の協力者であるあんたたちに裁きを与えにきたわ」


「…魔族の協力者?」


言っていることはよくわからなかったが、しかしどうやらこの二人は本当に勇者であるようだ。


アリシアはこの戦争の敗北を悟った。


敵陣営にに勇者が二人存在する。


その事実が今確定した。


王都で囁かれていた噂は本当だったのだ。


ムスカの王女システィーナは、戦争に利用するために勇者を召喚したのだ。


そしてその勇者は今の所、システィーナの意思通りに動いているように見える。


となれば、イスガルドに勝ち目はない。


おそらく勇者がその気になれば、今日中に防衛ラインは突破され、イスガルド防衛軍は壊滅的な被害を受けるだろう。


カナンの街は占領され、ダンジョンはあっけなく奪われる。


そしてその後は勇者による王都侵攻と、イスガルドの王家による防衛戦争が始まるだろう。


そんな血みどろの未来が、アリシアには見えた気がした。


自分がここで食い止めなければ。


たとえ勝てる可能性が万に一つだとしても、逃げるわけにはいかない。


アリシアはその使命感から、勝てない戦いだとわかっていても勇者に対して剣を向けざるを得なかった。


「あなた方がカナンの街侵攻に協力する勇者であるのならば、ここを通すつもりはありません」


アリシアは聖剣を構えてそういった。


聖剣が、アリシアの言葉を受けて輝き出す。


「え、何?戦うの?さっきの見てたよな?あんた死ぬぞ?」


「私たちは勇者よ?勝てるはずないじゃない。ま、死にたいっていうのなら止めはしないけど」


「そう簡単にやられるつもりはありません。勇者の末裔として……人類の敵となりうる勇者の存在を私は許さない」


「勇者の末裔?どういうこと?あんたも勇者なのか?」


「あれじゃない、ダイキ。こいつシスティーナが言っていた勇者の子孫なんじゃない?勇者がこの世界の人間に産ませた子供の家系があるて言っていたじゃない」


「そんな話を聞いた気がする」


「きっとそうよ。となるとこの子が多分防衛軍を率いているんだわ」


「ふぅん、勇者の子孫か。ということは、こいつは勇者の血が入っているのか。だったら少しは楽しめそうだな?」


「そうね。なんの力も持たない兵士じゃ退屈だものね」


勇者二人から殺気が放たれる。


アリシアは聖剣を握る手に力を込めた。




〜あとがき〜


近況ノートにて本編より3話先行して公開しております。

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