第52話


酔い潰れたラーズが飲み食いした分のお金を払って俺はギルドを出た。


これ以上ギルドにいても有益な情報は得られないと思った。


あのままギルドで待っていてもあの感じだと流石に俺に声をかけてくる冒険者パーティーもいなかっただろうし、今はクエストどころではない。


随分長い間考えたのだが、行動方針はいまだに決まっていなかった。


この街に残るのか、それとも出ていくのか。


優柔不断なのは俺の悪いところだ。


前の世界でもそうだった。


自分が上司や会社にいいようにこき使われて、使い潰されているのは気づいていたが、辞める勇気がなかった。


いざって時の決断力のなさで、これまで随分損をしてきたように思う。


だから、この際ビシッと行動方針を決めたいと思ってはいるのだが、やっぱり自分の中にはまだ迷いがあった。


「王都からの軍が到着したぞ!!」


「本当か!?」


「この街を守るための兵士たちがやってきたぞ!!!」


カナンの街の中心通りの方から人々の歓声が聞こえてきた。


俺は人々のうねるような歓声に引き寄せられるようにして中心通りに向かった。


たくさんの人々に拍手で迎えられている兵士たちがそこにいた。


どうやらこの街を守るために、本国より兵士たちが送り込まれてきたらしい。


「うおおおおおお兵士様ぁああああ」


「よくぞきてくださいましたぁあああああ」


「カナン万歳!イスガルド王国万歳!!」


「敵兵を蹴散らしてください!!!」


「どうか我々をお守りください!!!」


あちこちで街の名前と国の名前、王族の名前が叫ばれる。


兵士たちは、人々に拍手で迎え入れられながら、街の中心通りを歩いていた。


「きゃあああああああアリシア様ぁあああああああああ」


「アリシア様がいるぞぉおおおおおおおおおおおおおお」


「剣姫アリシア様ぁあああああ」


「ああ、なんて美しいんだ!!」


「アリシア様がこの街を守るために来てくれたぞぉおおおお!!!」


「勝利の女神アリシア様万歳!!!」


兵士たちが歓喜と拍手を持って迎え入れられる中、一際大きい歓声を受けている人物がいた。


その人物は兵士一行の先頭にたち、兵士たちを率いているようだった。


金色の髪が目立っている美しい少女だった。


驚くほどに美しいその少女は、まだ随分と若かった。


俺よりおそらく5歳は年齢が下だろう。


とてもこれだけの兵士を率いるような人物には見えない。


にも関わらず、周囲の人々は、「勝利の女神」「剣姫アリシア」とその少女を呼び、称賛していた。


この少女が、こちら側の陣営にとって非常に重要な役割を果たす人物らしいことが、彼らの反応から分かった。


「あんな若い子も戦争に参加するのか…」


アリシアと呼ばれたその少女の表情には非常に複雑な感情が読み取れた。


この街を守らなくてはならないという使命感と、本当は戦さなどしたくないという迷いが、混在しているように感じた。


「あ…」


少女と一瞬だけ目が合った。


少女は俺と目が合うまでは、迷いのある表情だったが、その瞬間に何かの使命に駆られたように表情を引き締めた。


そして手をげて、周りの人々の歓声に応えていた。


歓喜の声が一際大きくなり、士気がどんどん上がっていく。


「どうしてあんな若い子が…」


遠ざかっていく少女の背中をぼんやりと眺める。


彼女はどうして若くしてこれだけの兵士を率いているのだろうか。


何か特別な身分の人なのだろうか。


それとも指揮能力や戦闘能力に優れているのだろうか。


あるいは、男たちの士気を上げるために、やむなく戦争に参加させられているのだろうか。


結局その少女が何者なのかはわからなかったが、遠ざかっていくその背中を見ているうちに何だか自分がやるべきことがわかったような気がした。


「そうだよな……あんな若い子まで街を守るために戦うのに、俺みたいな歳食ったおっさんが逃げ出すのは情けないよな…」


逃げた方が賢い選択なのはわかっている。


自分の身の安全だけを考えるのなら、今すぐにこの街を離れた方が絶対にいい。


…けれど、もしここで逃げたら後悔する気がする。


自分でも面倒ごとに首を突っ込んでいるのは重々承知しているのだが、それでもあんな幼い少女まで戦いに駆り出されている中で自分だけ逃げ出すのは情けないような気がしてきた。


そして何より、俺はこの戦争に無関係ではない。


もし本当にラーズが予想した通り、システィーナが異界人をこの戦争に投入……あの大学生カップル二人が戦場に投入されることになれば、俺にも出来ることがあるはずだと思ったのだ。


「あの二人を説得してこっち側に抱き込む。そうしたらシスティーナも攻め手を失って戦争を続けられなくなるかもしれない。同じ世界出身の俺になら、多分出来る気がする」


根拠はない。


だが、戦場であの二人に出会ったときに説得できる可能性が一番高いのは俺だろう。


もしかしたら俺がこの街に残ってもラーズがいうように何も変わらないかもしれない。


最悪、なんの役にも立たずに犬死にすることもありうる。


それでも、後悔する選択はしたくないとそう思った。


俺は、この街に残ることを決めたのだった。





「さて、準備は整いました……いよいよです」


システィーナは眼下に整列した軍勢を見て笑みを浮かべた。


自分に傅くこの数万人規模の兵士を使えば、必ずカナンの街を征服できると思った。


そしてカナンの街を落とし、ダンジョンの資源を手に入れた先に、イスガルド王国制覇という彼女の野望が待っている。


今までに、あの街には辛酸を舐めさせられてきた。


周辺諸国の軍事的援助に加えて厄介なのは冒険者たちだ。


これまでの幾度の侵攻は、主に街を守る冒険者たちの手によって防がれてきた。


今回の戦争でも、カナンを守る防壁としてたくさんの熟練冒険者たちが彼女の軍勢の前に立ちはだかることが予想された。


「ふふふ……今回もこれまでのように勝てると思っているのでしょう…ですが、無駄な足掻きというものです」


システィーナは横に控えた二人の人物を見て、ドス黒い笑みを浮かべる。


そこには、彼女がじっくりと鍛え上げ、洗脳してきた、二つの目の据わった兵器があった。


異界より召喚した勇者。


たった一人で戦局を覆し得るほどの強力な力を持った兵器が、自分の意のままに動く。


(勝ちましたわ……うふふふ…)


システィーナは早くも勝ちを確信していた。


通常兵力で戦争に勝つことが望ましいが、それができなくとも勇者を投入すれば、自分の価値は揺るがないだろうとそう思っていた。


「戦うのか?魔族の協力者たちと」


「人類を裏切ったクソどもを私たちの手で始末できるのね?」


「そうです、勇者様」


システィーナはサッと黒い笑みを隠し、悲しみの表情を作って勇者二人に言った。


「人類同士で争うのは実に悲しいです……しかし魔族の手に落ちた人たちを放っておくことは出来ません。これは聖戦なのです。人類の未来のための、尊い戦いなのです」


「その通り、だな」


「私たちに任せなさい。敵兵は全員殺しげ上げるから」


「ああ。勇者の俺たちに逆らう奴は殺されても仕

方がない」


「私たちは選ばれた人間。道を誤ったものたちに裁きを下す権利があるわ」


「ええ、その通りです」


内心ほくそ笑みながらシスティーナは勇者の言葉を肯定した。


「さあ、行きますよ、兵士たち。私たちの敵を撃つために……進みなさい!」


システィーナの号令で兵士たちの進軍が始まった。


ダンジョンを有する要衝、カナンの街を巡るムスカ王国とイスガルド王国の紛争が始まろうとしていた。



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