第51話
「おい聞いたか?」
「ああ、例の報奨金の話だろ!?」
「戦争に参加すれば全員が貰えるらしい」
「戦果を上げた奴には爵位だとよ」
「信じられねぇ……戦場であのクソッタレ王女の軍隊を蹴散らせば、貴族様になれるかもしれないってか…」
「お前、参加するのか?」
「もちろん」
「王族はなんで突然こんな大盤振る舞いを?」
「さあな。だが俺たちにとっちゃ悪い話じゃねぇよな」
「こりゃ、金がねえ連中がこぞって戦争に行くぜ」
「おっしゃあ!みんなであのクソ王女の軍隊を蹴散らして返り討ちにしてやろうぜ!!」
その日、ギルドは冒険者たちの喧騒で満ちていた。
もっぱらの話題は、もうすぐムスカ王国との間で起こると言われている戦争について。
ギルドのあちこちで冒険者たちがああでもないこうでもないと騒ぎ立てており、彼らはしきりに「報奨金」「爵位」という単語を口にしていた。
というのもどうやら今日、本国の王家より伝達があったらしく、戦争に参加する戦闘職全員に決して少なくない報奨金が約束されることになったらしい。
さらに、本当かどうかはわからないが、戦場で多大な戦果をあげれば、どのような身分であっても王家より爵位が与えられるとの命令が降ったらしい。
これを聞いて冒険者たちは大騒ぎをしているらしい。
自分たちのような荒くれ者でも、戦果を上げれば貴族になれるかもしれない。
戦争に参加して報奨金をもらい、あわよくば戦場で戦果を上げて、俺みたいな荒くれ者が貴族になれるかもしれない。
そんなようなことが、興奮気味な口調であちこちで語られている。
噂のどこまでが本当なのかわかららないが、もし冒険者たちが言っているような報酬が本当に王家から支払われるのだとしたら、確かに大盤振る舞いであると言わざるを得なかった。
「報奨金、か…」
例によって朝の冒険者ギルドで、ラーズに飯を奢りながら冒険者たちの話に耳を傾けていた俺は、いよいよ戦争が近づいているということを実感していた。
「浮かれてる連中が多いな。全く、バカな野郎どもだ」
「ラーズさん?」
俺が冒険者たちの話に聞き耳を立てていると、隣で飯をがっついていたラーズが吐き捨てるようにそういった。
「単純な奴らだ。目の前に餌をぶら下げられて、ホイホイ戦場に行きやがる。だが……俺からしたらきな臭いったらありゃしねぇな」
「きな臭い?どういうことですか?」
ラーズが口に含んだ飯を酒で極々流し込みながら言った。
「うぷ……今まで王家がこんなに俺たちを厚遇したことなんてなかったぜ。だからこそ、怪しいのさ。そうまでして戦力を増強しなきゃ行けないところまでこの国は追い詰められてるって考える方が妥当じゃないか?」
「た、確かに…」
言われてみればそうだ。
今までの戦争で、冒険者たちに対して戦争参加に対する報酬が出たことはあったが、爵位まで用意されたことはなかったらしい。
ラーズ曰く、これはそうまでして王家が戦力確保に躍起にならなければならない理由がある、とい
うことらしい。
「所詮噂だと思ってたが……これはいよいよ異界人召喚の噂が真実味を帯びてきたな」
「どういうことです?」
「王家の連中は全力を出さないと今回の戦争に勝てないと思ってるんだろう。もしかしたら、異界人の戦場投入を想定しているのかもしれない」
「そ、それは前に言っていたシスティーナ王女が召喚した異界人が戦場に投入されるということですか?」
「ああ、そういうことだ」
ラーズが頷いた。
「異界人は例外なくこの世界に召喚された時点でとんでもない力を持っているらしいからな。異界人を味方につければ、戦場の局面を変えることも可能だ」
「な、なるほど…」
「こっちは国軍に加え、周辺諸国からも兵が送られてくる。さらに、この街の冒険者もいる。数や物資でも向こうに引けを取らないはずだ。だが……あの王女が異界人を戦場に投入してくれば、今度こそやばいかもしれないぞ。この街が落ちるかもな」
「…っ」
ラーズがそう言って俺は初めて、この街に危機が迫っていることを実感した。
今までは戦争と言われてもあまりピンと来なかったが、段々と自分の置かれている立場の危うさが身にしみて分かってきたような気がした。
あまりぐずぐずしている時間はないのかもしれない。
この街に残るのか、それとも出ていくのか、すぐに決める必要があるだろう。
「ラーズさんは……戦争に負けるかもしれないのに、逃げないんですか?」
俺は思わずラーズに意見を仰いだ。
長くこの街にいるというラーズがどうするかを聞いて、何らかの行動方針を得たかった。
「俺か…?そうだな……まぁ俺は逃げないかな」
「…どうして?」
「まあ、もう街を出てまで生き延びたいっていう歳でもないしな。この街にはお世話になったし……戦争に参加しても足手纏いだが、逃げ出したくはねぇな。ここに残って何かできることがあるかもしれないし、ないかもしれない。ま、ともかく俺はここに残るよ」
酒をぐいっとあおって、ラーズはそう言い切った。
「あんたはどうするんだ?」
「俺は…」
「あんたは逃げた方がいいんじゃないか?この街に来てまだ日が浅いだろう。死ぬのは勿体無いぜ」
「…」
「お前がいてもいなくてもこの街の運命は多分大して変わらないぜ。だから別に逃げてもいいんじゃないか?あんただったら他の街のギルドでもきっとうまくやれるさ。妙な正義感で命を粗末にしない方がいい。俺はそういう勿体無い人生の使い方をしたやつを今までに何度も見てきた」
「…」
もしかしたらこれは背中を押してくれているのかもしれなかった。
こういう時、なかなか一人逃げますというのは難しい。
だから、俺がいてもいなくても変わらないとわざということで、ラーズは暗に俺に逃げた方がいいと言っているのかもしれなかった。
もしかしたら長年の勘みたいなもので、この街はやばいと、そんな空気を感じとっているのかもしれない。
「ま、じっくり考えることだな……ところでおかわりいいか?」
「どうぞ…」
ラーズの二杯目の酒を注文しながら、俺はどうするべきかを考える。
普通に考えたら逃げるべきだ。
戦争に首を突っ込むなんて間違いなくろくなことにならない。
自分のことだけを考えるのなら、この街からさっさと離れて別の街を目指すべきだ。
だが、本当にそれでいいのかとも思ってしまう。
この街に滞在してまだそこまで月日は立っていないが、関わってきた人は多い。
かなりの恩を受けた彼らを置いて逃げるのは何だか忍びないし、何よりこの戦争は全く俺に無関係というわけでもないのだ。
「あの二人……あいつらが、システィーナに操られて…人殺しを…」
頭の中に浮かぶのは、この世界に一緒に召喚されたあの大学生カップルのことだ。
王城に残る選択をしたのは彼ら自身とはいえ、あの二人がシスティーナに命令されて人殺しに手を染めるのだとしたら、それほど残酷なことはない。
あの様子だとおそらく二人はシスティーナに煽られて、いいように操られている可能性が高い。
もしかしたらこの街の人間は全員魔族の仲間だと言われ、騙されているかもしれない。
彼らがシスティーナに操られ、戦場でこの街の冒険者と戦い、互いに血を流すのを黙って見過ごしていいのだろうか。
俺ならあの二人を説得することが出来るんじゃないだろうか。
システィーナの手から解放し、こちら側に引き入れることが出来るんじゃないだろうか。
「ぐぅ…ぐぅ…」
気がつけば、ラーズは俺の隣で酔い潰れていた。
俺は喧騒に満ちた冒険者ギルドの中で、逃げるのか、それともこの街に残る残るのかを考え続ける。
〜あとがき〜
近況ノートにて3話分のエピソードを先んじて公開中!
要チェックです!
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