第45話


ダンジョン下層の探索は順調だった。


アリッサ、イリス、ヴィオネッサの三人は見事な連携で強力な下層のモンスターを屠っていく。


流石に上層や中層の時と違って無傷とはいかないが、今の所三人は戦闘において負傷と呼べるほどの傷は負っていなかった。


俺の役割は主に、要求されたタイミングで治癒魔法を使うことと、ダンジョンクリスタルを見逃さないように見張っていることだった。


「結構潜ったか?なかなか見つからねぇな」


「私らの調子はいいんだがな……どうもついていない」


「いつもならそろそろ出てきてもいいはずなんだがな……なかなか見つからねぇ。おい、あんた。ダンジョンクリスタルは見逃してねぇだろうな?」


「お、おそらく……ここまでの道中にはなかったと思います」


また一匹、下層のモンスターを倒した三人が足を止めて少し休憩する。


下層を探索し始めて1時間以上が経過し、俺たちはかなり深いところまで潜っていた。


にも関わらず未だダンジョンクリスタルは見つかっていない。


俺は道中注意深くダンジョンクリスタルがないかを探していたのだが、未だ硬い灰色の岩以外目視していなかった。


三人曰く、これぐらい潜れば普通はダンジョンクリスタルは見つかるものらしい。


下層は本来、上級冒険者以上の実力者でないと立ち入れない危険な場所なので競争相手も少ない。


なのであまり深くまで潜らなくとも、目当てのダンジョン資源を見つけられることがほとんどだそうだ。


「もう少し潜ってみるか」


「ああ。流石にまだ引き返せない」


「優秀な回復役のおかげで体力にも余裕があるしな。おいあんた。まだ回復魔法は使えるよな?」


「え、ええ…まだ全然大丈夫だと思います」


俺は回復魔法が使えるかどうか聞いてきた三人に頷きを返した。


これまでのところ、俺の回復魔法が回数制限などに突き当たり、使えなくなったことは一度もなかった。


教会やギルドで治癒魔法係をやっていたときは、何も気にせず魔法を乱発していたが、別に使えなくなったり威力が弱くなったりすることもなかった。


なのでこのままクエストを続行しても回復魔法が使えなくなることはないだろう。


三人はこの先も、万全の状態で下層のモンスターとの戦闘に臨めるはずだ。


「信じられねぇな」


「こんな強力な回復魔法を連続して使える奴がいるなんてな。普通、数回が限界なんだけどな」


「なんだかこんなに何度も質のいい回復魔法を受けていると、ズルしてる気分になってくるぜ」


「必要になれば遠慮なく言ってください。体力回復のためだけでも構わないので」


「おうよ」


「ありがとよ」


「ご気遣いどうも。あんたがいるから私らも全力でモンスターとの戦いに挑めるってもんだ」


俺はとりあえず三人に体力回復のための治癒魔法を使っておいた。


三人は肉体的疲労が解消されてやる気になったのか、意気揚々と下層探索を再開する。


俺はそんな三人の後に続いて、ダンジョンクリスタルを探しながらダンジョンを歩いた。そんな感じでダンジョンを探索することさらに1時間。


ついにその時がやってきた。


「お、あれじゃないか…!」


「あったぞ…!ようやく見つけた…!」


「ダンジョンクリスタルだ…!間違いねぇ!」


「あったんですか…?」


俺は三人が指差す方を見た。


前方の暗闇で、きらりと何かが輝いた気がした。


よく目を凝らすと、それは赤く輝いている鉱物だった。


岩に半分埋まる形で、壁から突き出している。


聞いていたダンジョンクリスタルの特徴と合致する。


どうやらようやく俺たちは目当てのダンジョン資源を見つけることができたらしい。


「ただ……おいみろ。少々厄介だぜ…」


「ああ…一筋縄じゃ行かなそうだ…」


「せっかくダンジョンクリスタルを見つけたってのに…なんだありゃ?」


「あれは…?」


ダンジョンクリスタルを見つけて歓喜の声を上げていた三人だったが、すぐに表情を引き締め直す。


ダンジョンクリスタルを見つけるとともにはっきりと感じ取れるようになった“そいつ”の気配には、俺もすでに気づいていた。


そいつはダンジョンクリスタルが生えている壁のすぐ近くに張り付いていた。


二対の羽を持ち、不気味なマダラ模様で体が覆われていた。


頭部と思しき部分は、眼球のような器官で覆われており、ぎょろぎょろと不気味に動いている。


そして臀部の穴から、一定間隔で、紫色の霧のようなものが周囲に噴射されていた。


「な、なんですか、あいつ…」


「ポイズンインセクトだ」


俺の疑問にアリッサが答えた。


「ポイズンインセクト?」


「ああ。毒性の厄介なモンスターだ。迂闊に近づくと……毒霧にやられて皮膚が爛れる。間近で喰らえば失明もする。本当に厄介な奴なんだ」


「ま、マジですか…」


どうやら臀部から吐き出されているあの紫色の霧は毒を含んでいるらしい。


ポイズンインセクトが、ダンジョンクリスタルのすぐ近くにいるせいで、俺たちは獲物を前にして足止めを喰らってしまっていた。


「どうする?」


「あいつがいなくならないとダンジョンクリスタルの掘削は不可能だぜ?」


「いなくなるまで待つか?」


「あまり長くはここに留まれない。モンスターどもが集まってきちまう」


三人は難しい顔で相談を始めた。


毒霧を吐くポイズンインセクトがあそこにいる限り、ダンジョンクリスタルの採掘は出来ない。


いなくなるまで待つ手もあるが、長く同じ場所に止まるとモンスターが集まってきてしまう。


近づいて倒そうとすれば、毒霧を喰らってしまう可能性がある。


遠距離攻撃の手段もあるが、ポイズンインセクトには傷を負うと毒霧を噴射する性質があるため、たとえ倒したとしてもダンジョンクリスタルの周りの空気が毒霧で汚染され、採掘が困難になる。


どうやら俺たちは現在相当厄介な状況に置かれているらしい。


「諦めて引き返すか?」


「まさか、冗談だろ?」


ここまできてクエスト失敗か?冗談じゃない。そんなのまっぴらごめんだ」


「でもよ……じゃあどうすんだよ?」


「それは…」


「うーん…」


すっかり困り果ててしまっている様子の三人。


俺はそんな彼女たちにふと思いついたことを提案してみる。


「あのー……ちょっと提案があるんですが」


「あ?」


「なんだよ」


「ん?なんか思いついたことでもあるのか?」


言ってみろとアリッサに顎でしゃくられ、俺はたった今思いついたことを試しに提案してみる。


「俺が囮になってポイズンインセクトをクリスタルから引き離すっていうのはどうでしょうか?」



〜あとがき〜


近況ノートにて3話先行で配信中です。


ぜひチェックしてみて下さい。






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