第44話


「オーガだ。一匹。仲間はいない。気を引き締めろ」


モンスターの姿が露わになった途端に、最前線のアリッサからそんな指示が飛んだ。


今やその強烈な存在感の主は、完全にその姿を俺たちの目の前に晒していた。


そのモンスターの体長はゆうに三メートルはあろうかというほどに大きかった。


全身はまさに鎧と表現すべき筋肉に包まれていた。


生み出される膂力は想像のはるか上を行くだろう。


人の頭を丸呑みにして噛み砕けるほどの大きな顎には、鋭い牙が生えそろっていた。


全身の皮膚は濃い緑色。


纏っているものは腰蓑のみで、その手には錆びた

大剣が握られていた。


そして額には、そのモンスターを象徴する大きなツノが2本、突き出ている。


オーガ。


それが、この鬼のような巨大なモンスターの名前だった。


「武器を持っているぞ」


「おそらく冒険者から奪ったものだ」


「ということは……誰かがこいつにやられた可能性があるな」


オーガが、明らかに人間が作った武器を持っているのを見て三人が警戒を高める。


すでにいろんな上級冒険者たちとパーティーを組んできた俺は、知能の高いモンスターが人の武器を使うことがあることを知っていた。


オーガが握っている錆びた剣は、おそらく冒険者から奪ったものなのだろう。


自分で殺した冒険者から奪ったのだろうか。


それとも、死体から拾ったものなのだろうか。


定かではないが、いずれにせよ警戒しなくてはならないだろう。


「…か、回復、必要な時は言ってください」


それをいうぐらいしか俺にできることはなかった。


戦闘では役に立つ未来が見えないので、俺は三人の健闘を祈り、回復の機会を待つしかない。


「おう」


「下がってろ」


「あんたの手を煩わせるまでもなく、勝ってやるよ」


三人が不敵に笑ったその直後だった。


『グゥ……』


オーガが、一瞬低く鳴いた。


と思ったら次の瞬間、地面を蹴り、その巨体に似合わぬ素早さで、あっという間に前線の三人との距離を詰めてみせた。


オーガの俊敏で予備動作のない動きは、俺にとっては完全に予想外のものだったが、しかしさすが

というべきか、三人はしっかりと反応していた。


ビュンッ!!!


ガァン!!!


風を切るような音と、甲高い金属の衝突音が鳴り響いた。


オーガが真っ先に狙ったのは、一番先頭に陣取っていたリーダーのアリッサだった。


右手に持った古びた大剣を頭上からアリッサに向かって振り下ろす。


アリッサは動かなかった。


彼女は完全に味方を信頼していた。


そしてそんなアリッサの信頼に応えるようにヴィオネッサがアリッサの前に飛び出してきた。


そして、巨大な盾でオーガの一撃を完璧に防いで見せた。


『グゥウウウウ…』


「へっ。なかなか重いな」


ヴィオネッサの巨大な盾によってオーガの一撃は完全に受け止められていた。


ギギギギギと巨大な剣と盾がせめぎ合い、摩擦音と共に火花を散らす。


巨人の血が入っているヴィオネッサは、オーガと比べて背丈は決して見劣りしていなかった。


そしてその力も拮抗しており、オーガと正面からぶつかり合い、一歩も引かない。


「アリッサ、イリス!いまだ!!」


「あいよ!」


「まかせろ!!」


オーガの剣を一人で封じながら、ヴィオネッサが二人の名前を呼んだ。


ヴィオネッサの巨大な盾の両脇から、それぞれイリスとアリッサが飛び出した。


そしてヴィオネッサに封じられているオーガに対し、両方向から連続攻撃を叩き込む。


「おらおらおらおら」


「喰らえオーガぁああああ」


『グォオオオオオオオオ!!!?!?』


二人の攻撃をまともに喰らい、オーガが悲鳴のような鳴き声を上げる。


「流石だな」


戦闘を見守っていた俺は思わずそう呟いた。


これは最も基本的な三人の戦い方だった。


ヴィオネッサが攻撃を受け止め、その両脇から残る二人が飛び出して一気に畳み掛ける。


もう何度も見た三人の洗礼された連携プレイだ。


『グォオオ…!ォオオオオオオオ!!!』


中層までに出現するモンスターなら、これで一気に決着がついていただろう。


だが、オーガは下層のモンスターだけあって生命力が違う。


イリスとアリッサの攻撃を連続して喰らい続け、その体は傷だらけになっていたがそれでもまだ反撃の体力を残しており、今度はアリッサとイリスに標的を変更した。


「甘いぜ!!あたしを忘れるなよ!?うおおおおおおおお!!!」


だがその隙をヴィオネッサが見逃すことはなかった。


ヴィオネッサが盾を持ったまま、オーガに突進する。


バァン!!


凄まじい衝突音と共に、体当たりを喰らったオーガがよろめいた。


「うおおおおおおおお!!!」


ヴィオネッサはさらにオーガに対して体当たりを試みる。


よろけて重心の崩れたオーガはなすすべなくヴィオネッサの体当たりをくらい吹っ飛ばされた。


ドガァアアアアン!!


『ウガァアアアアアアアア!?!?』


その巨体が宙に浮き、ダンジョンの壁に叩きつけられる。


「やれ!畳みかけろ」


「よし」


「まかせろ!」


そして、壁にめり込むほどのダメージを受けたオーガに、またしてもヴィオネッサの両脇から飛び出してきたイリスとアリッサが追い打ちをかける。


オーガが可哀想になってくるほどの圧倒劇だった。


オーガは、よく連携の取れた熟練の上級冒険者パーティー三人になすすべなく狩られてしまった。

程なくして、絶命し、動かなくなったオーガの死体が地面に転がった。


「はっ、こんなもんだ」


「なかなかの連携だったな」


「よくやった二人とも。おかげさまで快勝だ」


大きな傷を負うこともなくオーガに快勝した三人が互いを労う。


オーガが倒され危険がさったので、俺は三人に近づいていく。


「さ、流石です……オーガの討伐おめでとうございます…」


「おう、ありがとよ」


「な?言ったろ?あんたの出番はないって」


「私らの連携、どんなもんよ?」


「完璧だったと思います。あの……回復魔法入ります?」


「怪我してないけど一応もらおうか」


「私も頼む」


「一応やっておいてくれ」


三人は目立った怪我はないが、ところどころにかすり傷のような小さい傷を負っていた。


俺は三人に対して回復魔法を使用する。


「ふぉおお…」


「これこれ…」


「効くぅううう…」


三人の体が光に包まれた。


美女たちは、傷が癒えていくのを見て、恍惚とした表情と浮かべている。


「どうでしょうか?傷は治りましたか?」


「ああ……いつもながら完璧だ」


「すっかり治っちまった。体力も回復した気がする…」


「やっぱあんたの回復魔法は異常だぜ……傷の治りはバカみたいに早いし……体力だって元通りだ。こんな魔法使い、今まで会ったことねぇよ」


「お役に立てたようで何よりです」


どうやら俺の回復魔法は、傷を癒すだけでなく、体力を回復させる効力もあるようだ。


傷が癒えて、体力も補えた三人は、俺の回復魔法のことを口々の褒めてくれる。


「そんじゃ、傷も体力も癒えたことだし、先に進みますか」


「やっぱお前がいると安心するよ、いざって時は頼りにしてるぜ?」


「優秀な治癒魔法使いがいるとこんなにも攻略が楽なんだな……あぁ、ほんと、無理矢理でもモノにしちまいたいぜ…」


「ははは…ありがとうございます。俺が役に立てるのは今はこれぐらいなものなので、必要になったら遠慮なく言ってください……えっと、モノ?なんのことです」


「おっと、なんでもねぇよ」


一瞬、何かを言いかけた気がしたヴィオネッサがニヤリと笑って踵を返した。


他の二人も、ニヤニヤしながら、何も言わずに歩みを再開する。


「…?」


なんだか不穏な空気を感じないでもなかったが、俺はとりあえず今は考えないようにして三人の後に続いたのだった。





〜お知らせ〜


現在、近況ノートにて第47話まで先行公開中です。









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