第41話


「オークか…」


「行けるか?」


「おい、気をつけろ。こいつは上層のモンスターとはわけが違うぜ」


三人がそんなふうに俺を警告する。


ああ、言われなくてもわかっている。


目の前のモンスターは、上層のモンスターとは何もかもが違う。


大きさも、パワーも、速さも、何もかもが上層のモンスターとは桁違いだ。


「やるのか?」


「やっぱりやめとくか?」


「やりたくないってんなら早くいってくれ。私たちが倒す。大怪我してからじゃ遅いんだ」


三人が俺に決断を迫る。


俺は自問する。


本当にこいつと戦えるのだろうか。


上層のモンスターは、力も大きさも俺より小さかった。


だからなんとか戦えてた。


でも目の前のモンスターは、少なくとも大きさに関して俺よりも上だ。


戦闘に関してほぼ初心者の自分にまともに戦えるのだろうか。


『ブモォォオオ…』


オークが低く鳴いて接近してくる。


やるしかない。


自分で決めたことだ。


ここで逃げたら前に進めない気がする。


俺は覚悟を決めてオークと戦うことにした。


「やります!お、俺が…一人でやってみます!」


「…そうか」


「了解」


「安心しろ。やばくなったらすぐに助けに入るから」


三人が背後に下がってそんな心強いことを言ってくれる。


「うおおおおおおおお」


俺は剣を握りしめ、オークに向かって突っ込んでいく。


『ブモォオオオオオオ!!!』


オークが右手の棍棒を振り回した。


ブォン!!!


「うおっ!?」


俺の体が自然と回避行動をとる。


グッと姿勢が低くなり、走りながらしゃがむような体勢になる。


頭上をオークの棍棒が通過していった。


「喰らえええええ」


俺はそのままオークの巨体へと接近し、全力で切りつけた。


ズバッ!!!


肉を断ち切った感触が確かに手の中に残った。


『ブモォオオオオオオ!!!』


オークが低い悲鳴を上げる。


俺は自分のしたことを確認しようと振り返った。


「おお…!」


オークの脇腹に大きな傷を刻むことに成功していた。


太い胴体が半分ほどまで削がれ、そこから血が流れ出ている。


一撃で思ったよりも大きなダメージを入れることに成功していた。


大丈夫だ。


俺の攻撃はオークに通用する。


そのことがわかって自信が体からみなぎってくる。


「おい、油断するな」


「手負のオークは強いぞ」


「まだ戦いは終わってないぞ」


三人のそんな警告が向こうから飛んできた直後だった。


『ブモォオオオオオオ!!!!!』


オークが咆哮した。


そして棍棒を振り回し、俺に向かって突進してくる。


「…っ!?」


怪我をしたはずなのに、先ほどよりもパワーもスピードも上がっている気がする。


手負の肉食獣は危険だというが、これもそういうことなのだろうか。


「うおっ…うひっ…うわっ!?」


棍棒が俺の体を捉えようと至近距離で振り回される。


俺自身は恐怖で身が竦んでしまっている思いだったのだが、それでも体は俺の意思とは別に勝手に回避行動をとっていた。


オークの棍棒の動きに反応し、ステップを踏み、身を翻し、上体を反らしなどして、最小限の動きだけで交わす。


顔面スレスレをオークの棍棒が通過していく様子が、なぜか止まったように感じる時間の中で目に焼きついて、信じられないほどのスリルを感じた。


「あいつすげぇな…」


「体柔らかいな」


「やっぱあの回避能力はただものじゃねぇな」


万が一のことがあった時のためにすぐに助けに入れるように近くによってきた三人が、武器を準備しながらそんな感想を漏らす。


「…っ」


俺はオークの棍棒を回避しながら、なんとか反撃の糸口を探す。


このまま避けてばかりではダメだ。


なんとか攻撃に転じなくては。


けど、棍棒を振り回すオークに近づくのは容易じゃない。


棍棒をどうにかしないと。


『ブモォオオオオオ!!!』


「…っとぉ!」


オークの棍棒の横薙ぎが迫ってくる。


俺は咄嗟にしゃがんで交わした。


刹那の瞬間、俺は上を見上げる。


オークの手元、棍棒を握っている右腕が案外近くにあるのが目に入った。


「…!」


道筋が見えた気がした。


気がつけば俺は地面を蹴っていた。


攻撃の直後で怯んでいるオークに肉薄し、剣を思いっきり右腕に向かって切り上げた。


ズバッ!!!


『ブモォオオオオオオ!?!?』


ドサッ!


ゴトッ!!!!


「「「おおおお…!」」」


オークの悲鳴がダンジョンにこだました。


攻撃を交わした直後の俺の一撃は見事オークの右手首を捉え、棍棒を握った手ごと切り落とした。


オークの右手と丸太のような棍棒が地面に落ちる。


オークの背後でこちらをみている三人が、驚いたような表情を浮かべているのが見えた。


『ブモォオオオオオオ!!』


右手と武器を失ったオークが苦しげな表情で俺をみていた。


自分でもどうしてあんな動きが出来たのかわからなかった。


ただ、あの刹那の瞬間、自分が次に何をすればいいのかが見えたような気がした。


『ブモォオオオオオ!!!』


オークが怒り狂ったように突進してくる。


だが、血を流しすぎたのか明らかに動きは鈍っていた。


それにもう武器もない。


俺には目のお前のオークが、動きの鈍い肉の塊にしか見えなかった。


『ブモォオオオオ!!!』


「悪いな」


『ブモッ!?』


俺はオークの突進を避けて、すれ違いざまにその首元に一閃を走らせた。


オークが最後に低く鳴いた。


巨体の動きが止まり、切断された首が遅れて地面に落ちる。


俺が背後を振り返るのと、巨体が音を立てて地面に倒れるのが同時だった。


『…』


オークの死体は沈黙し、もう少しも動かなかった。


「勝った、のか…」


思わずそう呟いてしまった。


自分の剣を握る手を見つめる。


俺が、倒した。


誰の手も借りず、中層のモンスターを。


そのことを少しずつ自覚し、勝利の実感が体に湧いてきた。

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