第40話


その後も俺は、蒼の聖獣の三人に見守られながら、上層での戦闘を担当した。


比較的攻略が楽と言われている上層に出現するのは、ゴブリン、コボルト、スライムといった雑魚モンスターたちだ。


上級冒険者であるアリッサやイリス、ヴィネッサにとってはよそ見をしながら片手で倒せる程度の敵を、俺は油断せず一匹一匹真剣に向き合って倒していく。


今の所攻撃は一度も貰っていない。


自分の体は嘘のようにスムーズに動いた。


なんだかこの世界にきてから体が軽くなったように感じる。


これも加護の力か、あるいはシークレットステータスのおかげなのだろうか。


10歳以上も若返ったような錯覚に陥る。


敵の動きを捕捉し、かわすことも問題なくできている。


敵の攻撃が当たりそうになると、体が勝手に反応して回避行動をとるのだ。


何体かモンスターを倒した後は、モンスターを殺すことに対する忌避感もだいぶ薄れてきて、俺はスムーズに戦闘を行うことが出来るようになっていた。


モンスターが絶命する瞬間は若干の罪悪感を覚えないでもないが、いちいちここで考え込んでいては冒険者はやっていられない。


冒険者として生きていくと決めた時点で覚悟は出来ている。


俺は前の街を出る時にイレーナからもらった装備で、上層のモンスターたちを倒していき、どんどん先導して歩いていく。


イレーナから受け取った装備は非常に頑丈で、今の所鈍ったり壊れたりする様子は全くなかった。


「だいぶこなれてきたな…」


「ふむ……雑魚を倒してるだけなのに……そこはかとないポテンシャルを感じる。お前はどう思う?ヴィオ」


「そうだね……かなり自分の力に振り回されている印象を受けるね。自分のポテンシャルを活かし切れていないというか……技術と身体能力が全然噛み合ってない。チグハグな印象だ」


俺の戦いを見守りながら、背後では三人がそんな会話をしている。


冒険者講習の時に受けたガレス評と大体同じことを言われている気がする。


どうやら俺は技術的にはまだまだ見劣りするが、身体能力は悪くないらしい。


例えるなら、高級車に乗っている下手な運転手といったところか。


技術がないと言われるのは少々凹むが、しかしそれはまだ戦闘経験が浅いというのもあるんだろうと思う。


ガレスにも、そして蒼の聖獣の三人にもポテンシャルの高さは認めて貰っているのだし、これから技術も磨いて、自分の身体能力を存分に活かせる戦い方を身につけていけばいいだろう。


「そろそろ上層も終わりか」


「おい、ここら辺で一旦休めよ。ここから先は中層だ。初心者にはちょっと危険な場所だ」


「こっから先は私らが戦闘をやる。あんたはサポートに回ってくれ。体力の方はどうだ?」


「まだ、全然大丈夫です」


ここまで十回以上、雑魚モンスターとの戦闘をこなしてきた俺だったが、疲れは全く感じていなかった。


加護のおかげで、俺の体力は若い頃以上になっている。


それなりに体を動かしたのだが、動きも鈍っていないし、体力的にもかなり余裕があった。


「へぇ…結構体力あるな」


「あんた、歳にしてはかなり体力があるな」


「なかなか根性あるじゃねーか。普通その年齢なら、ちょっとは息切れしてもおかしくないだろうに……ひょっとして加護でも持ってるのか?」


「あー、いえ、その……」


加護のことがバレたら、俺が転移者の異界人であることがバレるかもしれない。


この世界で異界人がどのように扱われるのかはまだわからない。


でもシスティーナみたいな奴らが勇者召喚という名の異界人召喚をやっている限り、異界人であるということを明かすのは慎重になったほうがいいだろう。


仲間だと思われたくないし、面倒ごとにも巻き込まれたくないからな。


「け、健康に気を遣っているので……この歳にしては動けるのかもしれません……さ、三人はおいくつなんですか?」


俺は歳の割に体力がある理由を誤魔化し、話題を変えるために三人に年齢を聞いた。


「あぁん?」


「おぉん?」


「あんだと?」


「…っ!?」


その瞬間三人の目つきが厳しくなった。


それ以上聞くんじゃねぇ。


そんな気配をビンビン感じる。


いくら筋肉質で、戦闘職の冒険者であったとしても、女性に年齢を尋ねるのはNGらしい。


俺は三人が本格的に機嫌を悪くしないように慌てて話題を変えた。


「い、いえっ…なんでもないっす……さ、先に進みましょう…!まだ体力があるので中層での戦闘もちょっとやらせてもらえたらなぁって……ははは…だめですか?」


「…まぁいいだろう」


「お前がやってみたいというなら構わない」


「…見ていてやるよ。危なくなったら助けて

やる」


三人はまだジトッとした目で俺を見ながらも、中層でも俺が戦闘を担当することに同意してくれた。


俺はほっと胸を撫で下ろし、中層へ先頭になって進んでいく。




ダンジョンの中層には、これまでも上級冒険者パーティーと共に何度か潜ったことがある。


その時は、俺はパーティーの最後尾で守られながらだったので、あまり緊張もせず心にも余裕があった。


しかし今は、俺はパーティーの最前線を担っている。


自分で申し出たことだが、やっぱり恐怖心はある。


中層は、上層とは一線を画すモンスターが出るという。


上層のモンスターなら戦闘経験のない俺でも倒せたが、中層のモンスターが相手となるとどうなるかはわからない。


危なくなったら三人が助けに入ってくれるだろうが、最初っからそれを当てにしていたら戦闘訓練にはならない。


俺は覚悟を決め、気合を入れ直して、中層攻略に臨む。


「…!」


中層に足を踏み入れてから十分ほどが経過した頃。


前方に気配を感じた。


俺は背後を振り向く。


「「「…」」」


アリッサ、イリス、ヴィオネッサの三人も気配に気がついたのか頷いた。


三人は見せてみろと言わんばかりに前方に対して顎をしゃくる。


俺は彼女たちに頷きを返し、覚悟を決めて進んでいく。


『ブモォ…』


程なくして俺たち四人は、中層のモンスターと邂逅する。


でかいな。


そのモンスターを見た時に、まず最初にそんな感想が浮かんだ。


現れたモンスターは、体長二メートルを悠に超えていた。


赤い両眼が、こちらを見下ろしている。


脂肪と筋肉に包まれた胴体。


豚のような頭。


生え揃った牙。


右手には丸太のような棍棒を持っている。


『ブモォ…』


「…っ」


オーク。


それが、そのモンスターの名前だった。




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