第39話


ダンジョンというのは地下に存在する洞窟のような場所で、地下迷宮と呼ばれることもあるらしい。


たくさんの階層からなるダンジョンは資源の宝庫と呼ばれていて、そこからもたらされる富がこの街を潤している。


なのでこの街の冒険者ギルドにはダンジョン関連のクエストも多数あり、冒険者たちはモンスターの坩堝と言われるダンジョンで資源を採取するためにモンスターと戦い、貴重な資源を地上へと持ち帰るのだ。


ダンジョンの入り口は厳重に管理されており、冒険者でなければ立ち入ることはできない。


入り口を守るものたちに冒険者カードを見せた俺と蒼の聖獣の三人は、さっそくダンジョンへと踏み込んだ。


ダンジョンは主に上層、中層、下層の三層から成っており、下へ行くほど貴重な資源が眠っており出現するモンスターも強い。


今回蒼の聖獣とダンジョンを攻略するにあた

って戦闘を担当させてもらえることになった俺は、上層から中層にかけてのモンスターと戦うことになった。


下層のモンスターは強いため、初心者に戦闘に参加させるのは危険なので、まずは上層と中層の雑魚モンスターで戦闘に慣れてもらうということらしい。


もちろん雑魚モンスターというのは、上級冒険者である三人にとって雑魚という意味で、決して戦闘経験のほとんどない俺に取って容易い相手というわけではない。


「ほら、戦闘をやってみたいってあんたが言い出したんだぜ」


「勇気を出して前を歩きな」


「腰がひけてるぞ、そんなんでモンスターにあったときに対処できるのか?」


「…が、頑張ります」


緊張する俺を三人がそんなふうに鼓舞する。


現在俺たち四人がいるのはダンジョンの上層。


暗い洞窟の中を、俺は武器を構え、先頭になって恐る恐る進んでいく。


いつもは上級冒険者に守られながら彼らについていくだけでよかったので、いきなり最前

線をやらされてかなり緊張する。


いつどこからモンスターが出てくるかわからない恐怖に耐えながら、俺は自分で決めたことだと言い聞かせ、勇気を出して一歩一歩前に進んでいく。


「…何か、くる」


前方に気配を感じた。


結構離れているが、俺には確かに気配を感じることができた。


この世界にきてから感覚や気配察知能力が非常に鋭敏になっているので、俺はかなり離れたところの足音や動きでも察知できるようになってしまった。


地上にいた頃は、この鋭敏すぎる感覚を少々鬱陶しく感じていたが、少なくともダンジョンでは事前に敵の襲来や危機を察知できるということで便利な力だ。


「お、よくわかったな」


「本当だ…」


「おい……あんた今適当に言ったのか?」


自分たちよりも早く敵の存在に気づいた俺に、三人が驚く。


「私らよりも先に気づくなんて…」


「確かにこっちに近づいてきてるな…数は一匹……本当によく気がついたな…」


「あんた本当に何者だ?ただの治癒魔法使いじゃないよな?前は何をやってたんだよ」


奥へと進みながら三人が俺を訝しむような目で見てきている。


まだモンスターとの遭遇はない。


しかし確実に前方の気配との距離は縮まっている。


俺は油断せず前を見ながら三人の質問に答える。


「ただの治癒魔法使いです俺は……前は教会とかで怪我人を治療していました」


「ふぅん?そうかい」


「さて、どうだか」


「ま、詮索されたくない事情もあるんだろう。あんまり追及しないでおくよ」


三人はそれ以上踏み込んでこなかった。


俺はいよいよ前方十メートルぐらいの距離になった気配との邂逅に備えて、剣を握る手に力を込める。


『グゲェ!』


暗がりから姿を見せたのは、緑色の小柄な化け物だった。


「ゴブリンか」


「ゴブリン一匹だな」


「最初の相手としては打ってつけだな。おい、危なくなったら助けてやるから、一人で頑張ってみろ」


三人がそう言って俺から距離をとった。


「…っ」


俺は逃げ出したくなるのをグッと堪えて、目の前のモンスターと対峙する。


これはゴブリンというモンスターだ。


これまでクエストを共にしてきた冒険者たち曰く、雑魚の中でもかなり弱い部類らしい。


初めての相手にしてはちょうどいいと、三人は完全に俺に戦闘を任せてくれた。


もうやるしかない。


俺は覚悟を決める。


『グゲェ!』


ゴブリンは石斧のような武器を持っていた。


それを振り回しながら、俺に突進してくる。


「…っ」


ゴブリンの動きはひどく緩慢に見えた。


体が勝手に回避行動をとる。


俺はゴブリンの攻撃を容易に避けることが出来た。


俺の脇をがむしゃらに突っ込むことしか能のないゴブリンが通り過ぎていく。


背中がガラ空きになる。


隙だらけのゴブリン。


しかし俺はなかなか勇気が出なくて攻撃に転じることができない。


「おーい、どうしたー?」


「避けてるだけじゃ、勝てないぞ?」


「あんた、反応はいいんだ。そいつの攻撃は当たらんよ。勇気を出して、自分から攻めてみろ」


三人からそんなアドバイスが飛ぶ。


『グゲェ!』


再びゴブリンの突進。


今度も隙だらけの緩慢な動きだ。


やるしかない。


俺は覚悟を決めて、剣を振る。


「うおおおおおおおお!!!」


雄叫びをあげ、ゴブリンの石斧よりも早く俺はゴブリンの胸元を剣でついた。


グサッ!!!!


生々しい感覚が手に伝わってきた。


『グゲェ…』


串刺しになったゴブリンは力無く鳴いて、ぐったりとした。


もう死んでしまったらしい。


俺が剣を引き抜くと支えを失って地面に倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


大したことはしていないのに息が切れていた。


精神的疲労がすごい。


初めてモンスターを自分の手で討伐してしまった。


生き物を殺してしまった不快感はあるものの、重要な一歩を踏み出した実感も同時に感じていた。


パチパチパチ。


三人が拍手を送ってくれる。


「よくやった」


「なかなかの動きだ」


「やっぱあんたにはポテンシャルを感じる。

多分上層の雑魚じゃそのうち物足りなくなる。中層での戦いもちょっとやってみるといい」


三人はそんなことを言って俺の初陣勝利を祝

福してくれた。


「ふぅ…」


俺はとりあえず問題なく最初の戦闘を終えられたことに、安堵の息を漏らすのだった。

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