第36話


「なんだこいつは…」


ギルド長エレノアは戸惑っていた。


彼女の手元にはとある冒険者の資料があった。


資料に載っているその冒険者は、最近隣国のムスカ王国よりやってきた男で、ついひと月ほど前に冒険者講習に受かり、冒険者になったばかりだ。


にも関わらず、だ。


その男の冒険者ランクはすでにBランクに達していた。


「これだけの短い期間で中級冒険者にまで上

り詰めるとは……前代未聞だ」


冒険者にはランクというものがあり、大雑把に初級冒険者、中級冒険者、上級冒険者の三つに区分される。


ギルドの規則として冒険者講習に受かり、登録を済ませた冒険者は必ず初級からのスタートになる。


初級冒険者として受けられるクエストは限りがあり、実入も少ないのだが、それらを堅実にこなし、ギルドからの信用を勝ち取って徐々にランクを上げていく。


冒険者ギルドのシステムとはそうして成り立っているのだ。


そして多くの冒険者が初級冒険者から中級冒険者になるのに普通、一年以上はかかる。


戦闘経験が豊富で優秀な者でも、中級冒険者と言われる冒険者ランクに達するまで最低半年の期間が必要だ。


「システム的に不可能じゃない…しかしこれだけの短期間で新参者がここまで冒険者ランクを上げるのは針の穴を通すよりも難しいことだぞ…」


けれど、最近この街にやってきて冒険者になったその男は、たった一月で中級冒険者になって見せた。


これはエレノアがこの冒険者ギルドのギルド長になってから未だ例を見ない前代未聞の出

来事だった。


一応、男は不正をしたわけではないようだった。


冒険者ランクを上げるのには一つ、裏技的なやり方が存在しており、男はそれを使ってこれだけの短期間で中級冒険者にまで上り詰めたようだった。


その方法というのが、高ランク冒険者パーティーに臨時メンバーとして入り、高難易度クエストをこなす、というものである。


このギルドにも多数の高ランク冒険者が所属しており、彼らは日々危険度の高い高難易度クエストに挑み、大金を稼いでいる。


そんな実力派の冒険者たちのパーティーに臨時メンバーとして加わり、帰還する。


そうすればそれがギルドの評価に繋がり、地道に初級冒険者用のクエストをこなすよりも効率的に、短期間でランクを上げることが可能になるのだ。


しかし、こんなやり方は本来現実的ではない。


理由は、ちょっとした判断で生き死にが分かれるような危険度の高いクエストに、使えない初級冒険者を連れていく馬鹿な冒険者はいないという至極当然のものだ。


戦闘経験がまだ浅い場合がほとんどの初級冒険者をクエストに連れて行ったとしても、ただの足手纏いだ。


身体能力も、経験も、判断力も何もかもが劣っている初級冒険者をクエストに連れて行ったところで、高ランクの冒険者からしたらなんの旨みもないわけなのだ。


荷物持ち要員だったとしても、上級冒険者パーティーが雇うのは、多くの場合経験のある中級冒険者以上だ。


初級冒険者が、高ランク冒険者のパーティーに臨時メンバーとして加わることなど、よほど特殊なスキルを持っている以外にありえない状況なのだ。


にも関わらず、だ。


「ふむ……たった一月でこのギルドに在籍しているほとんどの上級冒険者パーティーの臨時メンバーになりおおせたのか…一体どんなマジックを使ったのだ?」


その男は、これだけの短期間でギルドに在籍するほぼ全てと言っていい上高ランクパーティーに臨時でメンバー入りしていた。


早い話が、引っ張りだこの状態である。


こんなことは普通考えられないことだった。


エレノアは、男が冒険者登録をした時のプロフィールをまじまじと眺める。


特に突出した部分などないプロフィールだ。


何か特殊技能があるという記載はないし、冒険者になった理由も平凡で、単に金が欲しいというもの。


むしろ年齢を考えると、正直あまり将来を期待できるような人材には見えなかった。


「女というわけでもないし……戦闘経験もないと書かれてある……わからん。こんなやつがなぜ上級冒険者パーティーの連中に気に入られているのだ?全くわからんぞ…」


稀に可愛い女が男ばかりの上級冒険者パーティーに招かれるということはある。


その逆に、若くて容姿の整った男が、ベテランの女ばかりのパーティーに臨時で雇われるということもあったりする。


双方とも、要するに戦闘能力を期待されてのことではなく、パーティーに色を添えるというためだけに利用されるパターンだ。


しかし、この男の場合、年齢は結構いっているし容姿もそこまで整っているというわけでもなさそうだ。


つまり女だけのパーティーに魅力的な男だからという理由で誘われているわけではないようで、そもそも男ばかりの上級冒険者パーティーにも普通に臨時で加入したりしているためその線は絶対にない。


だからこそ、だ。


エレノアにとって、この男がこれだけ上級冒険者たちから人気の理由がますますわからないのだった。


「一応ガレスは評価していたのか……だが、ずいぶん曖昧な評価だな…」


エレノアは男が冒険者講習を受けた時の資料も確認する。


資料には、冒険者講習で冒険者志望の者たちを選り分けているガレスの評価が記載されていた。


一言で言うと、あまり要領を得ない評価だった。


ポテンシャルは感じる。


しかし、戦闘経験は皆無らしく技術的に拙さが目立つ。


ガレスの評価はまとめるとそんな感じだった。


ガレスにしては珍しいひどく曖昧な評価だった。


冒険者志望者に厳しいガレスは、大抵の者たちを才能あり、才能なしと綺麗に分けて一刀両断してしまう。


このような曖昧な評価をするような男ではないはずだった。


「何かとんでもない力を秘めている男なのか……それともとんでもないペテン師なのか…」


疑問に思ったエレノアは、一応ギルドの職員を使ってそれとなく探りを入れてみたりした。


男を臨時パーティーメンバーとして加入させた上級冒険者たちに、なぜ男を採用したのか理由を調査させたのだ。


しかし、男を臨時パーティーメンバーとして雇った者たちの回答も要領を得ないものばかりだった。


なんとなく。


ウマがあったから。


荷物持ち要員。


理由は言えない。


そんな回答ばかりである。


理由はわからないが、上級冒険者たちは男を雇う理由を隠したいようだ、と言うのが調査を行わせた職員たちの意見だった。


男についての情報を得れば得るほど、男についての謎は深まっていくばかりだった。


「何かとんでもない特殊技能を隠しているのか……あるいは…」


ともかく要注意人物として、エレノアはこの“謎の男”をこれからも注意深く監視していこうと心に決めたのだった。

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