第34話
「俺はガレス。元上級冒険者だ。今日はおれが試験官を務める。お前らひよっこが冒険者に足る実力があるか、見極めてやる」
冒険者講習の試験官として訓練場にやってきた男は、全身筋肉に包まれた巨漢だった。
特等で髭を生やしており、大剣を担いでいて、強者のオーラを身に纏っている。
試験官ガレスは、訓練場にやってきて開口一番そういうと、冒険者講習を受けるために集まった面々に視線を一巡させた。
「細いな……それに大したやつはいなさそうだ……まぁ、こんなものか」
「「「…っ!?」」」
ガレスのそんな呟きに、若者たちが憤っているのが窺えた。
自分には才能がある。
将来はきっと大成する。
そう信じてやまない若者からしたら、ガレスの彼らを舐めた態度は鼻につくのだろう。
「舐めやがって…」
「元上級冒険者だかなんだか知らないが、引退者だろ?」
「冒険者になったら絶対に名をあげて見返してやる」
「あんな歳食った爺さんが俺たちに舐めた態度を取れるのも今のうちだ」
若者たちはいろいろ言いたげな表情を浮かべているが、流石に冒険者講習に不合格にはなりたくないからか、ガレスに逆らったり、直接文句を言ったりするものはいなかった。
ガレスはどこからか大量の剣を担いで持ってきて、冒険者講習を受けるものたちの前に投げてよこした。
「一人一本だ。拾え」
それは本物の剣だった。
拾って持ってみると、ずしりと重い。
だが、よくみると刃の部分が丸くなっていた。
どうやら殺傷能力がないようである。
「安心しろ。剣の刃は落としてある。何があっても死にはしないはずだ。お前らの力を試すためにそれを使ってもらう」
ガレスは刃の落ちた剣を拾い上げ、しげしげと眺めている受講者たちを見渡していった。
「簡単なことだ。今からお前らに一人ずつ順番に俺と模擬戦をやってもらう。実際に戦って俺がお前らの実力を判断するわけだ」
ざわめきが広がった。
俺自身もちょっと驚いた。
冒険者講習と聞いていたから剣の素振りとか、足の捌きとか、そんな感じのを教えてもらえるかと思っていた。
まさかいきなり戦わされることになるとは。
完全に予想外だ。
俺にはまともな戦闘経験がない。
この世界に来て強力な回復魔法があったからなんとか生き延びてこられたが、戦いの方はからきしだ。
俺は一気に不安になってきた。
「面白いじゃねーか」
「やってやるよ」
「大丈夫かよ?俺らとやって怪我しねーか?じーさん」
「これぐらいわかりやすい方がちょうどいいな」
「みみっちい訓練なんて俺はごめんだからな」
一方で、若者冒険者志望たちは、かなりやる気のようだった。
ガレスのわかりやすいやり方が気に入ったらしい。
剣をブンブン振り回し、威勢のいい声をあげている。
「まぁそう急くな、ひよっこども。俺と戦うと言ったが、もちろん俺は本気を出さない。お前らひよっこは壊れやすいからな。俺が本気を出せばすぐに死んでしまうだろう。だがそっちは本気で構わない。俺を殺すつもりでかかってこい。そうじゃないと、実力は測れないからな」
「「「…っ」」」
再び煽るようなことを言うガレスにいよいよ冒険者志望の若者たちの火がついた。
「言ってくれるじゃねーか爺さん」
「流石に舐めすぎだろ」
「俺は村で一番の力持ちだった」
「俺は街で一番剣がうまかったんだ」
「どうなっても知らねーからな、爺さん」
あちこちで自信に満ちたそんな声が上がっている。
ガレスがそんな若者たちを見てニヤリと笑った。
「威勢だけは上等だ。さあ、一番手に名乗り出るのは誰だ?」
「俺だ!」
「いや俺だ!!」
「俺が行く!!!」
競い合うようにして順番が決まっていき、冒険者講習……と言うより冒険者試験の本番が始まった。
冒険者を志し、将来は成功して名をうることを夢見た若者たちが、剣をもち、元上級冒険者のガレスに飛びかかっていく。
そして、次々に散っていった。
世間知らずの若者たちは、ガレスと少し剣を交えるだけですぐに理解したようだ。
自分たちがいかに世間を知らなかったか。
自分など、ただの井の中の蛙でしかなかったことを。
「うおおおおおお」
「ふん」
「ぐあああああああ」
ガレスが大剣を一振りすると、冒険者志望の若者たちは面白いように吹っ飛んでいった。
戦いにすらなっていなかった。
力も、経験も、読みも、体の使い方も。
何もかもがガレスの方が上だった。
先ほどまで自分には才能がある、将来は大成すると信じて疑っていなかった傲慢な若者たちが、次々にガレスの前に叩きのめされ膝をつかされて、現実を思い知っていく。
そんな光景が延々と目の前で展開されて、気づけば訓練場はシーンと静まり返っていた。
「やはり小粒だな。威勢がいいだけで…話にならん」
「「「…」」」
もはやガレスのそんな言葉に反論する気力のあるものは誰もいなかった。
気がつけば、一人、また一人と、順番の列から若者たちがはけていった。
「お、俺には無理だ…」
「ぼ、冒険者ってあそこまで強くないといけないのか……」
「嫌だっ…嫌だぁあああああ」
「す、すみませんでしたぁああああ」
「くそぉっ…なんだよっ…俺は有名冒険者になるはずなのに……あ、足が震えて動かねぇ…」
恐怖の叫びをあげて逃げ出すもの。
足が震えて動けなくなるもの。
絶望した表情で静かにさっていくもの。
現実を思い知らされた若者たちは、次々に訓練場を後にしていった。
「ふん……まぁ構わんさ。この程度の試練も乗り越えられないやつは、どのみち冒険者になったところで半年もたん。モンスターに喰われるぐらいなら田舎に帰って畑でも耕していたほうが幸せだろう」
ガレスは去るものを止めようとはしなかった。
戦う前に心を折られて脱落していくものたちを無視して、冒険者試験を続行した。
俺は夢やぶれ、去っていく若者を見てなんとも言えない気持ちになった。
今までこんな光景は何度も見てきたような気がする。
若いと言うことは無知であることで、その無知が背後を顧みない行動力につながるなど、いいように作用することもある。
しかし時に世の中というのは残酷で、無知で無謀な若者に、はっきりと現実を突きつける。
その時が訪れた時に、逃げ出すもの、心おられるもの、踏ん張るもの、自分の意思を貫き通すもの、その人間自身の選択によってその後の運命は自ずと決定される。
「…」
俺は大剣をまるで棒切れのように振り回すガレスを見た。
ガレスはちょうど、この冒険者試験が始まる前に俺のことを揶揄ってきていた若者たちと戦っているようだった。
「うおおおおおお」
「甘いぞ?そんなのが通用すると思うのか?」
「く、くそぉおおおおお」
俺のことを揶揄ってきた彼らは、猪突猛進、若さゆえの無謀さを持ってガレスに向かって言っていた。
だがその全てをガレスは、経験によって読み切り、先回りし、圧倒的に上回り、完膚なきまでに打ちのめしていた。
ガレスによる洗礼が終わる頃には、三人の若者の表情から、あれだけ溢れていた自信のようなものはすっかり失われていた。
現実を思い知らされ、絶望する若者たちにガレスはいった。
「まぁ、今日集まったやつの中ではそこそこだな。努力すれば中級冒険者ぐらいにはなるだろう」
「ちゅ、中級冒険者…?」
「嘘だろ…?」
「わ、私たちは上級冒険者以上になるのが目標で…」
「無理だろうな。厳しいが、これが現実だ。
実力に伴わないクエストを受けて無茶をするとお前らはすぐに死ぬぞ」
「「「…っ!?」」」
「まぁ中級冒険者でも食っていくことは出来る。そしてわずかだが、そこから成り上がった奴もいる。せいぜい頑張るがいいさ」
「「「…っ」」」
三人は絶望に打ちひしがれた様子で下がっていった。
一応あの三人は合格ということになるのだろう。
だが完全にその傲慢さはへし折られてしまったようだった。
ここから立ち直って努力するのか、それとも諦めるのか、それは彼らの選択次第だろう。
俺は世間を前の自分の若い頃を思い出して、
どこか懐かしい気持ちになりながら、冒険者試験を見守った。
「おい次、そこのお前だ」
「はい…」
そしてとうとう俺の番がやってきた。
俺はこれまでの冒険者志望の若者がそうしたように、剣一本で巨漢のガレスと向かい合う。
「ほう…結構歳食ってるな」
「すみません」
開口一番ガレスがそういった。
「なぜ冒険者に?」
「お金を稼ぐためです」
「考え直した方がいいと思うぞ。あんたの年齢から大成するやつは本当にごく少数だ。それとも戦闘経験があるのか?」
「ないです」
「…ないのか」
ガレスが呆れたように俺を見た。
クスクスとどこからか笑い声も聞こえてくる。
「精一杯頑張るのでよろしくお願いします」
俺がそう言って頭を下げると、ガレスはどうしていいかわからないといった感じで頭をかいた。
「まぁいい。見てやるよ。かかってこい」
「は、はい…」
俺は自分に言い聞かせる。
もうここまできたらやるしかない。
戦闘経験なんて皆無に等しいが……見様見真似でやるしかないのだ。
「う、うおおおおお!!!」
俺は自分でも覇気がないなと思う年相応の声と共に、ガレスに向かって突っ込んでいったのだった。
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