第33話


「なんという夢を見てしまったんだ…」


翌朝。


一泊銀貨3枚の安宿の硬いベッドの上で俺は目覚めた。


起きるなり昨夜に見た夢の内容に頭を抱える。


まるで若い学生がみるようなピンク色の夢を見てしまった。


原因はわかっている。


俺はチラリと部屋の壁を見る。


「絶対にあいつのせいだよな…」


昨日俺はこの壁の向こう側の隣の部屋の住人を助けた。


するとその人物はお礼に“体で支払う”などと言って恥ずかしい姿を俺の前に晒してきた。


あの時に見た戦闘職の女にしては可愛らしい下着と肉付きのいい太ももが脳裏に焼き付い

て離れない。


そういやこの世界にきてまだ一度も性欲解をしていなかったと俺は今更のように思い出す。


色々あってそれどころじゃなかったからな。


自分でも気づかないうちに相当溜まっているのかもしれない。


「頼むぞ俺……おっさんにもなってそれは恥ずかしいからな…」


もしかしたら中学生ぶりに“あれ”をやらかしたかもしれないと、俺は恐る恐る布団を捲って下着を触ってみる。


「ふぅ…」


よかった。


下着が乾いてパリパリになっている、なんてことはなかった。


俺は安渡して、ベッドを出て外出の準備をする。


この世界にも性風俗店のようなものはあるのだろうか。


取り返しのつかない過ちを犯す前に調べておいた方がいいかもしれないと、俺はそんなことを思ったのだった。





「おっさん、まさかあんたも冒険者講習を受けるのか?」


「その歳で冒険者は流石に無理があるんじゃないか?」


「うふふ…もしかして私たちみたいな若い人たちとパーティーを組みたいっていう下心で冒険者になろうとしてるのー?だったらやめておいた方がいいんじゃなーい?」


「それあり得るな」


「どうなんだよおっさん」


「…」


どこかで見覚えのある小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、数人の若者たちが俺に絡んでくる。


昨夜止まった安宿を後にした約1時間後。


俺は昨日冒険者仮登録を済ませたギルドに到着し、冒険者講習を受けるために併設された訓練場にいた。


訓練場には俺の他に、冒険者講習を受ける様々な人たちで賑わっていた。


ざっと見渡してみて気がついたのが、全員俺より上等な装備を持っているし、何より若い。


おそらく10代後半が中心となっている冒険者講習受講集団の中に、アラサーの俺がいると、当然のように目立つ。


俺がぼんやりと試験官の到着を待っていると、あっという間に若い連中に囲まれて、ダル絡みが始まってしまった。


前にもこんなことあったなぁ、と俺はこの世界に来る前の終電での出来事を思い出す。


どうやら生来弱々しく見える俺は、若者にとって馬鹿にしながら絡んでいい奴だとみられやすいらしい。


若者たちは、勝手に俺が若い女冒険者とお近づきになりたい下心から冒険者になろうとしているんじゃないかという邪推をして、いじってきた。


全く面倒なことこの上ないのだが、自分より十個ほど歳が下の若者に言われっぱなしなのも情けないと思い、俺は言い返す。


「違う。そんな不純な動機じゃない。金を稼ぐために冒険者を目指している」


「ぶはっ」


「真面目〜」


「何マジになってんの、おっさん。ちょっと揶揄っただけじゃん」


若者が真面目に言い返した俺のことをケタケタと笑う。


若者というのはこういう生き物なのだ。


散々おちょくってこちらが反撃すると、何マジになってんのと茶化す。


本当に面倒臭いことこの上ない。


「おっさん、悪いことは言わない。やめとけって」


「あんたの歳で冒険者になって大成できるわけないだろ」


「そうよ。冒険者として上に行くのはたいてい私たちみたいに若い頃から冒険者活動をしている人間だけなのよ。その歳じゃ絶対に無理ね」


「やるだけやってみるさ。それに、大成しなくとも食い扶持になればいいんだ」


「それすら無理だろ」


「あんたみたいなおっさんとパーティー組む奴なんていないぜ?」


「せいぜいモンスターに喰われて死んじゃうのがオチね」


「勝手にそう思っておけばいい。俺は俺の好きにやる」


俺はそんな感じで三人をいなしていたのだが、この三人はなかなか執拗な連中だった。


俺みたいなおっさんには無理だと俺を貶し、そして自分たちは冒険者になるために田舎村から出てきたのだという聞いてもいない自分語りまで始めた。


「俺たちはあんたと違って才能がある」


「しかも若い」


「私は回復魔法が使えるの。羨ましい?」


「別に」


少なくとも治癒魔法に関しては俺はあんたらよりも上だけどな。


そんなことを言う必要すら俺は感じなかった。


こんな連中相手にしなくていい。


俺は素っ気ない態度をとってただ試験官の到着を待った。


暖簾に腕押しの俺の対応に流石に飽きてきたのか、三人はそれきり絡んでこなくなった。


そしてそうこうしているうちに、試験官が訓練場に到着したのだった。

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