第32話


「すみません…隣の部屋のものなんですけど…」


「失せやがれ…盗人。私は何も持ってないぞ…」


「いや、盗人じゃないですって。隣の部屋を借りてるものなんですけど、あなたの呻き声が聞こえてきたから大丈夫なのかなって…」


どうやら俺を、金目のものを盗みにきた盗人だと勘違いしたらしい赤毛の女が、俺を思いっきり睨みつけてくる。


俺は警戒心むき出しな彼女に、ただ隣の部屋を借りているだけの男であり、呻き声が聞こえたから様子を見にきただけだとなんとか伝えた。


「そう…なのか…それは迷惑をかけたな…」


赤毛の女は、自分の過ちに気づくと一転、謝罪してきた。


だが、言葉を話すのもとてもきつそうだ。


どう見ても普通の状態じゃない。


すぐに治療が必要に俺には見えた。


「迷惑をかけてすまないな……だが、このように傷が開いて痛むんだ……勘弁してくれ…」


「その傷…どうしたんですか?」


「ははっ……三日前のクエストでドジっちまってな…」


聞けば女の名前はジュリアといい、やはり冒険者らしい。


ジュリアはソロで冒険者活動をしており、三日前にとあるクエストの遂行中にモンスターの攻撃を受けた。


脇腹の傷はその時のものらしい。


ジュリアに噛み傷を刻んだそのモンスターは毒性を有しており、生半可な治療では傷が治ることはないらしい。


「なんで治療を受けないんですか?」


「装備を新調したばっかりで金がなかったんだ…」


「装備を売ればいいのでは…?」


「そんなことしたら冒険者として廃業だ」


ジュリアは最近、装備を新しくするために貯金のほとんどを使い果たしたらしい。


そこへ想定外の大怪我をしてしまい、治療する金がないとのことだった。


「あと二回…いや三回クエストを受ければ治療する金が手に入る…それまでの辛抱さ…はは…」


「いや、それ持つんですか?」


「すでに三日持ってるからな……まぁ大丈夫だろう。死んだらそれまでの女だったってことだ。なぁ…わかったらもうどこかへ行ってくれ……喋るのだけでも億劫なんだ……明日に備えて私は体力を温存しなくちゃいけない…」


そう言ってジュリアは目を閉じた。


このまま眠りについて、明日普通にクエスト

を受けて金を稼ぐつもりらしい。


「いや、流石に無茶がすぎるだろ…」


「うるせぇ…やるしかねぇんだよ…それが冒険者って生き方を選んだ私の覚悟で…」


「パーフェクトヒール」


俺は苦悶の表情を浮かべるジュリアが見ていられなくて、回復魔法を使った。


前の街での神官様とのいざこざもある手前、あんまり安売りはしたくないんだがな。


でも放っておいたらジュリアはかなり危険だ。


本人は強がっているが、俺と話している間にも傷口から血は流れ出ていた。


明日の朝、起きたらジュリアが部屋の中で冷たくなっていた……とかじゃ多分助けたなったことを俺は後悔するだろうからな。


それが嫌で俺はさっさとジュリアを助けてしまうことにした。


パァアアアアアアア!!!


まばゆい光と共にジュリアの傷が治っていく。


傷口が塞がり、変色していた肌も元通りの健康的な色を取り戻した。


ジュリアが治っていく自分の傷口を見つめて大きく目を見開く。


「お、お前……治癒魔法を使えるのか…?」


「まぁな」


「しかも……ポイズンスネークの毒を解毒できるってことは……上級以上の治癒魔法か……マジかよ…」


「あんたの覚悟を蔑ろにするようで悪いが、見ていられなかった」


数秒後、ジュリアの傷は完璧に完治していた。


ジュリアが信じられないと言った表情で立ち上がり、自分の脇腹をさする。


「治っちまった……あんたすごいな…」


「痛みとかはないか?もう一回かけとくか?」


「いやいい……完治してる……すっかり元通りだ」


そう言ったジュリアが、髪と同じ色の瞳で俺を見つめた。


「ありがとう…本当に助かったよ」


「おう」


「まさかこんなところで上級の治癒魔法を使えるやつに出会うなんてな……一体何者なんだ?なんだってあんたみたいな使い手がこんな安宿に?」


「お金を節約するためだ」


「わからねぇ。あんたみたいな使い手なら、金なんていくらでも稼げるだろうに」


「事情があってな。あんまり回復魔法を乱用できないんだ」


「ふぅん、そうか……まぁそれは聞かないでおくことにするよ」


俺の踏み込んで欲しくない気配を察したのか、ジュリアがそういった。


「それじゃあ、傷は治ったようだからこれで」


「ちょ、ちょっと待てよおい」


「ん?」


ジュリアが立ち去ろうとした俺の腕を掴んできた。


「冗談だろ?」


「何が?」


「礼は?対価は?何かあるだろ、欲しいものが」


「対価?別に必要ないぞ」


「いやいやいや、あれだけの治癒魔法に対価なしってそりゃないだろ。どんなお人好しなんだよ」


「お人好しというか……勝手にやったことだしな。それで対価を要求するのも……というか仮に対価を要求するとして、応えられるのか?今金ないんだろ?」


「う…」


そういうとジュリアは少し困ったようになった。


その視線は何か対価になるようなものを探すように部屋の中を彷徨いたが、装備以外に何もないことに気がつき、はぁ、とため息をついた。


と思ったら、次には覚悟を決めたように俺を見つめながら言ってきた。


「金はない……だから、対価はこれでどうだ?」


「え、これ…?」


「わかるだろ。あんたは男で、私は女だ」


そう言ったジュリアが徐にスカートをたくし上げた。


「ちょおお!?」


俺は慌てて目を逸らす。


冒険者にしては可愛らしい色の何かが見えた気がしたが、きっと気のせいだ。


「な、何して!?」


「支払いはこれじゃダメか…?」


「いやいやいや」


目を閉じたながら俺はぶんぶんと首を振った。


要するに“体で支払います”とそういうことなのだろう。


創作の世界でしか見たことのないような展開に、俺はすっかり動転してしまう。


「なんだよ……初めてじゃないんだろ?私は別に構わないぜ。あんたは悪いやつじゃなさそうだし……命を救ってもらったのも同然だからな」


「い、いや……遠慮しておく…」


「私に気を使わなくてもいいんだぜ?それとも私はそんなに魅力ないか?」


「そんなことは…」


むしろジュリアは俺の目にかなり魅力的に映った。


全体的に引き締まった体つき。


にも関わらずお尻も胸もそれなりにでかい。


顔だって整っているし、冒険者の割に肌には傷が少なく結構色白だ。


正直ってかなり魅力的な異性だと言えるだろう。


だからこそ誘惑に負けてしまいそうになるが……こんなやり方でジュリアを抱くのは卑怯だと俺の中の良心が言っていた。


俺は欲望をなんとか理性で制し、搾り出すようにしていった。


「本当に対価はいらないんだ……頼むからスカートを下ろしてくれ…」


「…わかった」


ジュリアがようやく自分でたくし上げていたスカートを下ろした。


「そ、それじゃあっ」


「あっ!?ちょっとま」


バタン!!!


俺は逃げるようにジュリアの部屋を後にしたのだった。

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