第31話
冒険者登録には、登録料と呼ばれるちょっとしたお金と個人情報、それからステータス鑑定が必要だった。
お金の方はそこまで高くなかったのですぐに払うことが出来た。
個人情報の方は、俺はこの世界の文字を書くことが出来ないので口頭で受付嬢さんに伝えて書いてもらった。
「個人情報と登録料を確かに受け取りました。これであなたの仮登録が終わりました。あとは冒険者講習を受けてもらい、適正と判断されれば冒険者カードを発行します」
「冒険者講習…そんなものがあるのか…」
「はい。たまに、戦闘経験の一切ない登録希望者がいますので。そう言う方々を冒険者にしてしまいますと、死人が増えて、ますます冒険者が嫌厭される職業になってしまいます。それを防ぐためです」
「なるほど…」
どうやら冒険者になるには冒険者講習というのを受けなければならないらしく、そこで最低限の戦闘力ありと認められなければ冒険者にはなれないらしい。
ほとんど戦闘経験のない俺でも大丈夫だろうかと不安になったが、イレーナの音葉を思い出す。
『プロの掃除屋三人を私の到着までやり過ごしたあんたには才能がある』
そのプロの掃除屋三人を、一瞬にして倒してしまったイレーナがいったことなのだ。
信憑性はあるだろう。
冒険者講習は明日、併設された訓練場で行うらしい。
俺はその講習がそこまでハードルが高くないことを祈りながら、その日はそれでギルドを後にしたのだった。
「さて……今度は宿探しだな」
ギルドでの手続きを終えて外に出る頃には、日が傾きかけていた。
俺は今日からしばらく泊まるための宿を探そうと街を練り歩く。
「お金はなるべく節約したいな……出来るかで安宿を探そう」
冒険者になってからどれぐらい収入が得られるかまだわからない状況だ。
いや、最悪明日の冒険者講習で落とされて冒険者になれない可能性だってある。
今後の収入が未知数な今は、持っているお金はなるべく節約したほうがいいだろう。
そう思い、俺はなるべく安い宿を探すことにする。
「一晩いくらですか?」
「銀貨5枚だ。夕食つきだよ」
「なるほど…ちょっと考えてみます」
街には冒険者や騎士といった戦闘職向けの安宿がたくさんあった。
戦闘職は基本的に収入の安定しない職業で、宿代などはなるべく節約するのが基本らしい。
俺はいろんな宿で一晩泊まるための値段を聞いていき、大体一晩銀貨5枚程度が相場だということを知った。
「一晩いくらでしょうか?」
「銀貨一枚。食事も一食だがつくぞ」
「ぎ、銀貨一枚…?安くないですか…?」
「それが売りだからな。ただし寝床は期待しないでくれ」
「ちょっと見せてもらえますか?」
一番安いところで銀貨一枚だという宿を発見した。
流石に安すぎだと思い寝床を見せてもらうと、そこは藁を敷き詰めただけのまるで馬小屋のようなスペースだった。
『ヒヒーン!!!』
というか馬小屋だった。
普通に数頭の馬が繋がれていた。
「馬小屋じゃないですか…」
「まぁ、そうだな」
部屋の仕切りも低く、隣の部屋が覗けるほどだったのだが、やつれた冒険者らしき男が藁の中で寝ているのが見えた。
「ここは金のない冒険者、年老いてろくなクエストが受けられなくなった冒険者、怪我をしてもう落ち目の冒険者、そういう連中の溜まり場なんだ。あんたみたいなピンピンしたやつがくるところじゃ“まだ”ないんだよ。他を当たりな」
「わ、わかりました」
流石にこの宿ではそれなりに豊かな世界からきた人間として、尊厳は保てそうにない。
もしかしたら冒険者は俺が思っているよりもずっと厳しい職業なのかもしれない。
そういえば、冒険者ギルドで専属治癒魔法使いをやってた時、冒険者たちは怪我を治した俺にやたらと感謝していたな。
中には涙まで流したり、地に額を擦り付けるものまでいた。
あの時は怪我を治したぐらいで大袈裟すぎやしないだろうかと思っていたが、どうやら冒険者にとって怪我をするというのはかなり致命的なことらしい。
その怪我が原因でクエストの失敗が重なって金が底を尽きると、要するに銀貨一枚の宿に馬と泊まることになるのだ。
そうなってくると、自前で強力な治癒魔法を持っており、怪我が原因で冒険者を続けられなくなることはない俺は、かなりラッキーなのかもしれない。
「一晩いくらですか?」
「銀貨3枚」
「ここにするか…」
結局俺は、銀貨3枚でなんとか尊厳は保てそうな宿を見つけ、そこに泊まることにした。
「ふぅ…」
ようやく安息の地を見つけ、一息つく。
ここのところ歩いてばっかりで疲れた。
おそらく加護の力で体力は相当増えていると思われるが、流石に疲労が溜まっている。
今日1日しっかり休んで明日の冒険者講習に備えるとしよう。
そんなことを思い俺は、寝床について眠りにつこうとする。
「うぅ…うぅうう…」
「…?」
「うぅうう…」
「なんだ…?」
一瞬空耳かと思ったが、聞き間違いじゃなかった。
壁が薄いのだろうか。
隣の部屋から、断続的に呻き声のような声が聞こえてくる。
少し低いが女性の声が。
何かに耐えるようなとても苦しそうな声でうめいている。
「うぅ…うぅううう…」
「寝られない…」
無視して寝ようと思ったが、呻き声が気になってしまいどうしても眠れない。
1時間ぐらいしてもなかなか呻き声が収まらないため、俺は痺れを切らし、隣の部屋の様子を見てみることにした。
「あのー…大丈夫でしょうか」
「うぅ…うぅううう…」
「入ってもよろしいでしょうか…?」
「うぅううう…」
「は、入りますよー…?」
隣の部屋のドアに鍵はかかていなかった。
俺は断りつつドアを開けて、恐る恐る中をのぞいてみる。
「うぅうう…」
「え…だ、大丈夫ですか…?」
壁にもたれて座り込んでいる部屋の主が顔を上げた。
美しい赤髪の女性。
冒険者風の格好に身を包んでいる。
目を引いたのは脇腹にある二つの傷だった。
まるで2本の大きな牙が突き立てられたようにしてできた二つの穴からは、血がポタポタと流れていた。
女は衰弱しているのか、力無い瞳で俺を見つめ覇気のない声で誰何した。
「誰だ…お前…」
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