第28話
「さようなら、マリアンヌ、シエル……俺、行くよ」
夜明け前、人気の少ない時間帯に俺はこっそりと街を出た。
神官様から逃げるためだ。
俺が来るまでこの街で唯一強力な回復魔法の使い手だったらしい神官様とやらは、自分の利益を守るために俺に刺客を送りつけてきた。
神官様はこれまで、一回の治療でべらぼうな料金を取って私腹を肥やしていたらしいのだが、俺がこの街に来てから患者が減って金儲けができなくなったのが原因だろうとイレーナは言っていた。
神官とは、神に使える職業らしいのだが、神聖な職に就くものにあるまじき強欲さだと思った。
けれど、たくさんの配下や信者を抱え、権力を握っている神官様に逆らうことはできない。
多分そこまで強欲な神官様のことだから、一度俺の暗殺に失敗したからといって諦めたりはしないだろう。
俺が継続的に狙われ続ければ、周りの者たち……特にマリアンヌやシエルにまで危険が及ぶかもしれない。
それを回避するには俺が街を出るしかないのだ。
「これを持っていけ」
「これは…?」
「私の装備だ。きっと役に立つ」
イレーナとの別れ際、俺は彼女に短剣やアーマーといった装備と、隣国へ渡るための地図、数日分の食料、そしてモンスター避けになるという魔除けの石というアイテムを譲ってもらった。
「いいのか…?」
「もちろんだ。妹の命を助けてもらったからな。これだけあれば、隣国に渡ることができるだろう。幸運を祈ってる」
「本当に助かる。ありがとうイレーナ」
俺がそういうと彼女はなぜか目を逸らし、言った。
「お、お前には本当に感謝している…これはアドバイスなのだが……向こうに渡ったら冒
険者になるといいと思うぞ…」
「冒険者?俺がか…?」
「ああ」
イレーナが頷いた。
冒険者はモンスターと戦う職業だ。
まともに戦闘訓練すら受けたことのない俺に務まるだろうか。
「お前の身のこなし、只者のそれじゃないと感じた。以前に何か戦闘職をやっていた経験があるのか?」
「いや、ないが…?」
「だとしたらお前には戦闘の才能がある。お前を狙った三人はプロの掃除屋だった。そんな連中に三人同時に襲い掛かられて、お前は攻撃を一発ももらう事がなかった。これはすごい事なんだぞ」
「そうなのか?」
そう言われてもよくわからない。
あの時はとにかく必死で攻撃を交わしていた。
言葉ではうまく説明できないのだが、体が勝手に動いて回避行動を取っていたという感じだ。
イレーナ曰く、俺がやったことは誰にでも出来ることではないらしい。
「戦闘面でもお前は磨けば光るはずだ。そもそも……これだけの強力な回復魔法を使えるんだ。パーティーなんかに入れば絶対に重宝される」
「パーティー?」
「ああ。冒険者パーティーのことだ」
イレーナ曰く、冒険者とはほとんどが数人のパーティーで活動するものであり、所属するメンバーはそれぞれ前衛職、中衛職、そして後衛職と役割が分かれているらしい。
俺みたいな回復要因は大抵が後衛に配置されて、戦闘に参加することは少ないらしい。
「お前ならきっと有名パーティーに拾ってもらえる。お前の治癒魔法は希少価値が高いから買い叩かれるんじゃないぞ?」
「教えてくれてありがとう。参考にするよ」
「ああ。気をつけてくれ。お前の治癒魔法は本当に強力なんだ。あんまり使いすぎない方がいい……もしかしたら敵を増やすことになるかもしれない」
「ああ……それは今回の件で痛いほどわかったよ」
俺はイレーナのアドバイスを参考にすることにした。
隣国に渡ったら、今度は治癒魔法を使いすぎないようにしよう。
少なくとも、回復魔法で金を稼いでいる権力者とかの利益が阻害されるような形で使うのはやめておいた方がよさそうだ。
向こうの国でも恨みを買うのはごめんだからな。
「それじゃあもう行くよ……夜明けまでに出発したいから……」
「ああ…達者でな」
俺はイレーナと固い握手を交わし、分かれた。
そしてとうとう1ヶ月以上も滞在した街を後にし、隣国を目指して旅立ったのだ。
「マリアンヌやシエルともう会えないかもしれないのは辛いけど……でも、恩は返せたはずだ」
俺は夜明けの薄暗い中を、イレーナにもらった地図を頼りに進んでいった。
マリアンヌやシエル、教会の子供達のことを考えると胸が痛むが、彼らに恩を返せたのはよかった。
俺が教会で治癒魔法を使って稼いだ金と、そ
れからギルドから支払われた寄付金があれば、しばらく彼らが金に困ることはないだろう。
懐いていてくれたシエルはきっと悲しむだろ
うが、シエルは強い子だから、きっと立ち直って新しい人生を歩み始めるはずだ。
「俺も頑張らないとな…」
あんまり他人のことばかり考えてもいられない。
一応ギルドで稼いだ金を持っているとはいえ、隣国ではまた右も左もわからない状態からのスタートだ。
もう誰かの恨みを買って命を狙われるなんて事がないように立ち回らないとな。
そんなことを思いながら、俺はとにかくひたすら隣国を目指して昼夜問わず歩き続けたのだった。
「結構体力持つなぁ……やっぱりこれは加護ってやつのおかげなのか?」
街を出て、二日が経過。
ここまで大した休みを取らず、イレーナにもらった食料を口にしながらずっと歩き続けていたのだが、体に疲労はあまり溜まっていなかった。
久しぶりにステータス画面を確認すると、女神の加護という文字が点滅をしていた。
俺の体力が恐ろしいほどに強靭なのは、もしかしたらこの加護ってやつのおかげなのかもしれない。
元の世界では運動不足が祟って、ちょっと走るだけでも息切れしていたからな。
ここまで無茶な行軍に30歳間近の俺の体が耐えられているのはやっぱり加護のおかげなんだろう。
非常にありがたい。
あとそれから、今まで気が付かなかったのだが、いつの間にかレベルがいくつか上がっていて、ステータスもだいぶ様変わりをしていた。
この世界に来てレベルアップをするようなことを何かしただろうか、と俺は首を捻る。
治癒魔法を使っていたり、神官様の送りつけてきた刺客と一悶着あったぐらいだ。
レベルを上げるには、モンスターと命をかけて戦わないといけないとかそんなことを想像していたのだが、レベルとは俺が思っていたよりもずっと上がりやすいものらしい。
それともこれは俺特有の現象なのだろうか。
その辺りもこれから検証して行った方がいいかもしれない。
「まだ会敵は一度もなし、か……これ、相当すごいアイテムみたいだな…」
結構な道のりを歩いてきたが、ここまで一度もモンスターに遭遇していないことに俺は驚く。
多分きっとイレーナからもらった魔除けの石の効果なのだろう。
妹を助けたお礼とはいえ、こんなに便利なものを譲ってくれた彼女に、俺は再度感謝の念を抱くのだった。
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