第27話


システィーナは最初からどのようにして勇者を利用するかということしか考えていなかった。


彼女が勇者召喚を行なった理由は、魔族から世界を救うためではなく、自分の利益のために勇者の力を利用するためだった。


システィーナは勇者を戦争に利用するつもりだった。


勇者の強大な力が最大限に発揮されれば、それは数千人分の兵士の戦力になり得る。


システィーナは勇者という強大な力を利用して、自分の権力の及ぶ範囲を広げることを考えていた。


「第一段階は勇者を籠絡すること……これはうまくいったようですね」


王城での豪華な暮らしにすっかり浸りきったダイキとカナを見て、システィーナは内心ほくそ笑んでいた。


ダイキとカナを丁重にもてなし、使用人を何人もつけ、莫大な金を使って甘やかしているのはひとえに、彼らを籠絡するためだった。


最大限彼らをもてなし、自分に従順な駒に仕立て上げる。


それがシスティーナの計画の第一目標だった。


システィーナは、王族であるが故に人の性格などを見抜くのに優れており、召喚した勇者二人がプライドが高い性格だということをすぐに見抜いた。


そしてシスティーナは、二人を増長させてより籠絡しやすくするために、ことあるごとに二人を褒めそやし、特別であることを意識させた。


“流石勇者様です”

“選ばれた存在です”

“世界を救うのはあなた方しかいない”

“この世界の誰よりもあなたがたは優れています”


システィーナはそんな言葉を使って、二人をすっかり思い上がらせることに成功した。


二人はシスティーナのもてなしと言葉によって、自分たちが世界を救う選ばれた存在だと完全に思い込み、威張るようになった。


城内を我が物顔で歩き、周囲に対して横柄な態度をとるようになった二人を見て、システィーナは計画の第一段階が完全に成功したことを確かめた。


思い上がった二人は、システィーナが彼女の統治する王国の版図を広げるために勇者を利用しようとしていることに決して気がつくことはないだろう。


「計画の第二段階……勇者の強化に着手しましょうか…」


二人の籠絡に成功したシスティーナは次に二人の勇者としての力を鍛える段階に移行した。


勇者の力は召喚された時点でも非常に強力だが、勇者の真価とはこの世界の住人とは比較にならない成長速度にある。


常人が何年何十年とかけて上げていくレベルが、勇者の特性によりモンスターとの戦闘をこなすだけで簡単に上がっていくのだ。


そしてレベルアップにより得られるステータス強化は、勇者の力を飛躍的に向上させる。


システィーナは勇者の二人を、強力な武器から、敵を殲滅するための兵器にするべく、訓練を施した。


予想通り、モンスターとの戦闘をこなしていくだけで二人のレベルは驚くほどのスピードで上がっていった。


「素晴らしいお力です勇者様方。あなたがたが今倒したモンスターは、ベテランの戦闘職が大勢で戦ってやっと倒せるほどの強さなのですよ」


「この雑魚が?」


「この世界の人ってこんな弱い奴も一人で倒せないの?私たちが強すぎるのね」


システィーナは二人がモンスターを倒すたびに、勇者の力がどれだけすごいのかを力説した。


二人はシスティーナの大袈裟な反応をあっさりと信じて、自分たちは選ばれたものたちだという考えをますます深化させる。


「さて……そろそろ“アレ”をやってもらわなくてはなりませんね…」


ある程度モンスターを倒させて、勇者の力で生き物を殺すことに二人を慣れさせたシスティーナは、計画を重要な段階に移行することにした。


「今日は少しいつもとは違った訓練をしましょうか。勇者様方には、この犯罪奴隷たちを処刑してもらいます」


モンスターを倒し、強くなった二人にシスティーナがやらせたのは、犯罪奴隷の処刑執行だった。


これから勇者にはシスティーナの敵となるであろう人間たちと戦ってもらうことになる。

その時に、人を殺すことへの抵抗感が残っているとそれは計画の妨げになる。


勇者を他国に対する兵器として運用していくには、人殺しに慣れてもらわなくてはならない。


そのために、システィーナはまず殺されて当然の犯罪奴隷たちを使って、勇者二人を殺人に慣れさせることにした。


「いや、流石にそれは…」


「なんて私たちがわざわざ手にかけないといけないの?どこかで勝手に処刑してよ」


「いえ…申し訳ないのですが、これも避けられない訓練の一環なのです。悲しいですが……勇者様方にはこの先魔族のみならず人間たちとの戦いも待ち受けていると思われます。強欲な人間が自分たちの欲望のために魔族に協力したりといったことが起こり得るからです。ですので殺すべき人間を速やかに始末する訓練もまた必要なのです」


「「…っ」」


「安心してください。このものたちは殺人や強姦を起こした犯罪奴隷たちです。魔族に協力する人間同様死んで当然の連中です。手にかけたからといって勇者様方の威信に傷がつくことはありません。これは英雄的行動なのです」


システィーナは言葉を尽くして二人を納得させた。


そして無防備で無抵抗な犯罪奴隷を、勇者の力を使って二人に殺害させた。


「おええええええ」


「うえええええええ」


犯罪奴隷は死に、勇者たちは耐えられなくなって吐いた。


「大丈夫ですか!?勇者様!?すぐに介抱を!」


システィーナは、初めて人を手にかけてショックで吐いてしまった二人を労るふりをして訓練を切り上げた。


二人はその日は体調を崩し部屋にこもってしまったが、翌朝、変わった目つきでシスティーナの前に現れた。


人を手にかけた事があるもののあの独特の虚な瞳だ。


システィーナは二人の中で変化が起こったことを悟った。


「ふふふ……順調に変化していっているようですね。人を殺しても心の傷まない兵器に…」


人間は慣れる生き物だ。


あと何度か二人に犯罪奴隷を殺させる訓練を施せば、二人は人を殺めることをなんとも思わない立派な兵器に成り果てるだろう。


そうすることで勇者は、システィーナの野望を遂げるための道具として完成するのだ。


「ああ…計画は驚くほどに順調です……召喚当初は勇者じゃない無能を呼び出してしまいどうなるかと思いましたが……あの二人が順調に育ってくれているようでよかったです」


システィーナがドス黒い笑みを浮かべる。


彼女の頭の中ではすでに追放した男の存在などほとんど忘れ去られていた。


システィーナは勇者じゃなく、利用価値のない異界人になど興味はなかった。


路銀すら渡さずに放り出したので、きっとその辺で野垂れ死をしただろうとそう思い、その存在を完全に忘却していた。




それが彼女の最初にして最大の誤算だった。

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