第26話


システィーナが約束した通り、この世界でのダイキとカナの暮らしは豊かで豪華なものだ

った。


元の世界に比べ、娯楽物のようなものは少ないようだが、それでも食事は美味しいし、与えられた部屋は広く、周りに使用人たちが何人もいた。


身の回りの世話は全て使用人たちが担当し、手を叩けば彼らがすぐに掃除をしたり食事を運んできたりした。


二人はこの世界での生活に満足していた。


二人にとって大事なことは、その世界において自分たちが“勝ち組の側”の人間であることであり、王族と同等の暮らしをしている二人は間違いなく一握りの存在だった。


城を歩けば、すれ違う使用人たちは顔を伏せてお辞儀をし、兵士は敬礼をした。


二人はまるで王族にでもなった気分で城の中を歩き回った。


二人は勇者としての特別な扱いにすっかり気をよくしていた。


もはや元の世界のことなど頭になかった。


「では、今日より勇者様方の育成を始めます。勇者様のお力は今のままでも強大ですが、磨けばもっと光ましょう。私たちの指示のもと力を鍛えてもらえれば数年後にはこの世界に誰も勇者様方を凌ぐものはいなくなるでしょう」


そしてそれらの豪勢な生活以上に、勇者としての圧倒的な力を振るう時間が二人により優越感を与えた。


システィーナの言った通り、勇者の力は強大だった。


二人はシスティーナの考えた勇者育成プログラムなるもののもと、力を鍛え始めた。


この世界にいる言葉を持たない魔獣……モンスターと呼ばれる存在を倒すことが、勇者の力を鍛える方法だった。


森の中、二人はたくさんの護衛に守られながら、モンスターたちと戦った。


二人が剣を振るえば、まるで豆腐でも切っているかのようにモンスターたちは切断された。


モンスターの見た目はどれも醜悪で心は痛まなかった。


モンスターを倒すたびに二人のレベルは上がっていき、システィーナは最も簡単にモンスターを倒していく二人を褒め称えた。


「素晴らしいです。今あなたたちが倒したモンスターは、ベテランの戦闘職が数十人単位で戦ってようやく倒せる強さなのですよ」


「はぁ?こんな雑魚が?」


「何それ。この世界の人たちってこんな雑魚にも手間取るの?」


「ええ、そうです。あなた方は選ばれた存在なのです。勇者様のお力には何者をも凌ぎます。あなたたちにとって当たり前のことが、この世界の住人にとっては当たり前ではないのです」


二人はシスティーナのそんな言葉によってどんどん増長していった。


二人は単純に身体能力に優れているだけではなく、魔法の力も別格のようだった。


二人がたった一言魔法名を唱えるだけで、怪我は一瞬にして完治した。


また二人は勇者の加護というものに守られているらしく、常人よりも疲れにくく、怪我の治りも早かった。


「すげぇ…ゲームでチート使ってみるみたいだ!俺たちなんでも出来るぜ!!」


「本当よね!ああ、この世界に来て本当に良かったわ」


勇者としての力は、まるで自分たちだけがチートコードを使ってゲームをプレイしているような感覚を二人に与えた。


二人は、圧倒的な勇者の力でモンスターを倒していき、レベルはどんどん上がっていった。


「レベルアップは順調ですね。素晴らしい成長速度です。流石勇者様です」


「当然だろ?」


「私たちは選ばれた人間だもの。これぐらい当たり前のことだわ」


「素晴らしいです。頼もしいですね。それでは……今日はまた別の訓練を勇者様にしていただきたく存じます」


「別の訓練?」


「何よ?なんだってやってやろうじゃないの」


そんなある日のことだった。


システィーナが、二人に別の訓練をしてもらうと言い出した。


勇者である自分たちに出来ないことはないと、二人は自信満々に引き受けた。


システィーナの表情に影が落ちた。


彼女は背後に控えた配下たちに顎でしゃくって、指示を出した。


二人の前に、ボロボロで鎖に繋がれた男たちが運ばれてきた。


「こいつらは?」


「何よこいつら」


鎖に繋がれ、痩せ細った状態で膝をつかされた男たちの集団を見て、二人がシスティーナに問うた。


システィーナは一切表情を動かさずにいった。


「この方達は犯罪奴隷です。王都で犯罪を犯したので、こうして奴隷になったのです」


「ふーん?それで?」


「だからなんなのよ。こいつらをもしかして私たちにくれるっていうの?だとしたらいらないわよ、こんな汚い奴ら。城にいる使用人たちで十分」


「いえ、そういうわけではないのです」


システィーナがゾッとするような笑みを浮かべていった。


「勇者様たちには、今ここでこの方々を殺してもらいたいのです」


「「は…?」」


一瞬言われたことが分からず二人は呆然とした。


システィーナは跪く男たちを指差して、なんでもなさそうな調子で続けた。


「この方々は犯罪奴隷です。この国に必要のないならずものたちです。ですので勇者様方の手で処刑していただこうというわけなのです」


「い、いやいや…なんだよそれ…」


「流石にそれは…」


犯罪奴隷。


そう言われても、流石の二人にも処刑を引き受ける度胸はなかった。


モンスターを倒す時、二人は罪悪感を全く覚えなかった。


モンスターは明らかに害獣だったし、言葉も通じないと説明されたし、見た目も醜悪だったからだ。


しかし殺す対象が人となると話は別である。


別にこの人間たちが処刑されることに関してはなんとも思わないが、わざわざ自分たちで手を下したいとは思わなかった。


選民思想に染まった二人といえど、人間を直接手にかけるのには抵抗があった。


「出来ないのですか?」


システィーナが首を傾げた。


「勇者様なら出来ますよね?」


「ちょ、ちょっと待て。出来る出来ないじゃなく、なんで俺たちが?」


「そうよ。こんな奴らあんたたちが勝手に処刑すればいいじゃない」


「いえ、これは訓練なのです」


システィーナは至って真面目な顔で言った。


「勇者様方には今後、人間たちとも戦っていただくことになりますので」


「はぁ!?」


「何よそれ!?そんなの聞いてないんだけど!?」


「あら?言ってませんでしたっけ?」


システィーナがとぼけたように首を傾げる。


「聞いてねぇよ!」


「私たちが戦うのって、魔族?っていう連中なんでしょ!?人間と戦うなんて聞いてないわよ!」


「確かに黒幕は魔族です。しかし、人間陣営も一筋縄ではないのです。当然魔族に手を貸す人間も現れます。その人たちを人間だからと殺さずにおいたら邪魔になるだけなのです。魔族に協力する裏切り者たちは、魔族同様死ぬべきなのです」


「「…っ」」


システィーナのまるで自然の摂理を解くかの

ような言い方に二人は恐怖を覚えた。


システィーナが冷たい瞳で二人を見つめた。


「出来ますよね?」


「「…っ」」


二人は互いを見つめる。


出来ない、とは言えない雰囲気だ。


これまで散々勇者として威張り散らし、自分たちを選ばれた側の人間であると思い込んできた彼らにとって、期待されたことをこなせないという状況はとてもプライドが許さなかった。


「や、やってやるよ」


「私たちは選ばれた勇者だもの。こんなクズを殺すことぐらい簡単よ」


「良かったです」


二人は覚悟を決めた。


そしてこれまでモンスターにそうしてきたように、勇者の力を無防備な犯罪奴隷たちに振るった。


数人の男たちは勇者の力を受けて簡単に死んだ。


首が飛び、鮮血があたりに飛び散った。


断末魔の悲鳴が上がった。


切断された胴体の断面から内臓が地面にこぼれ落ちた。


「おええええええええ」


「うええええええええええ」


平和な世界で育った二人にとってあまりにグロテスクでショックな光景に、二人は胃のなかが空になるまでその場で吐いたのだった。

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