第24話


ダイキは、自分は世間においていわゆる選ばれた側の人間だと自認していた。


ダイキの実家はそれなりの資産を有する裕福な家庭であり、ダイキは自らのことを上流階級の人間だと思っていた。


小さい頃からさまざまな習い事をさせられ、家庭教師を何人もつけられて勉強に勤しんできたダイキは、誰もが名前を聞いたことがある有名大学に進学した。


そして四回生の終わり頃、たった一月の就活で超有名な商社の内定を勝ち得た。


家庭教師として得ていた収入は三十万円を超えており、日本のサラリーマンの平均月収と比べてみても決して見劣りしない額だった。


そして内定が決まっている商社に勤めて順調に昇進していけば、将来的には平均の何倍もの収入を得ることができ、勝ち組の人生を歩めるだろうと確信していた。


この世には選ばれた人間と選ばれなかった側の人間がいる。


ダイキはいつの日かそんな選民思想に目覚めることになった。


そして、そんなダイキと付き合っているカナもまた、自分は選ばれた人間だと考えるようになった。


カナの実家は中流家庭であり、決して裕福とは言えなく、またカナ自身の学歴も高いわけじゃなかったが、運のいいことにカナは容姿に優れていた。


その優れた容姿を存分に発揮して、カナはダイキという彼氏を手に入れた。


高学歴、高収入、家柄もいいダイキという彼氏の存在が、自分の価値をどこまでも高めてくれるだろうとカナは思っていた。


ダイキが巨大商社の内定をもらってからは、カナはいよいよ得意になり、周りの人間にダイキのことを自慢し、ひけらかして回っていた。


二人はその日も、夜まで街を遊び歩き、深夜の終電で同棲しているマンションへと帰っている最中だった。


「ねぇ、見てあのおじさん。疲れた顔。こんな時間に何してるんだろ?」


「仕事だろ。会社に飼い殺しにされている社畜ってやつだ」


ダイキとカナは偶然乗り合わせた男を見てせせら笑った。


スーツに身を包み、疲れ切ったサラリーマンの格好をした男は、明らかに疲労困憊の様子だった。


二人は瞬時にこの男から、自分たちよりも下の人間……いわゆる選ばれなかった側の人間の匂いを嗅ぎ取った。


そして車両に誰もいないのをいいことに、この選ばれなかった側の人間を揶揄う遊びに興じた。


「おじさんこんな時間まで何やってんの?」


「仕事か?どんな環境で働いてんだ?」


二人は男の仕事環境や給与のことを勝手に憶測し、バカにした。


男は最初こそ言い返す気力もないと言った様子だったが、二人が煽り続けるとだんだんと苛立ってきたようだった。


「カメラ準備してろ」


「え?なんで?」


「もし殴りかかってきたら撮れよ?ネットに晒してこいつの人生終わらせよう」


「あははっ。いいかもっ」


二人はわざと男を煽るようなことをいい、男をけしかけた。


そして男の方から暴力を振るわせ、ネットで晒し者にしようと企んだ。


二人がしつこく男を煽ると、男がついに堪忍袋の尾を切らしたのか立ち上がった。


企みが成功したとダイキが内心ほくそ笑み、カナがこっそりとスマホのカメラを構えたところで、事件は起こった。


急に車両の床が光り出したのである。


突然のことに二人はパニックになった。


慌てて逃げようとしたが、間に合わなかった。


浮遊感がダイキとカナの体を包み込み、気がつけば二人は見知らぬ場所にいた。


近くに、電車の中で揶揄っていた男もいたのだがそれどころではなかった。


「は…?どこだここ…?」


「ねぇ、何これ意味わかんない…」


混乱する二人だったが、やがて女王のような格好をした美しい女性が歩み出てきて二人に状況を説明する。


システィーナと名乗ったその女性によれば、二人は現在元の世界とは全く別の場所に連れてこられたらしい。


その理由は、簡単にいうと悪い奴らを倒すた

め。


二人には、まるで物語の主人公のような特別な力があると説明された。


「お願いします、勇者様。どうかそのお力でこの世界をお救いください」


そう言ってシスティーナは二人に頭を下げてきた。


たくさんの人を従え、この国で王族という地位を得ている人間がこうも二人に下手に出ているという状況に二人は気分を良くした。


全く違う世界に連れてこられたのには困惑したが、しかしシスティーナの話を聞く限り、この世界での生活も悪いものでもなさそうだった。


むしろ自分たちは救世主として求められる存在だ。


何もかもが自分の思い通りになる、王族さえも従わせられる。


そんな状況を味わってみたくて、二人はシスティーナの要求を飲んだ。


「わかりました。俺たちが世界を数いましょう」


「私たち最強なんでしょ?その、マゾク?ってやつを倒してあげるわ」


「ありがとうございます勇者様。感謝します」


システィーナが再度頭を下げて、周りの兵士たちも傅くように地面に膝をついた。


二人はまるで特権階級のような扱われ方に色めきたったが、顔を伏せたシスティーナの口元が不気味に歪んだことには終ぞ気がつくことがなかった。

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