第22話
男が教会の治癒魔法係を引き受けてくれてから、私たちの生活は一変しました。
男の治癒魔法を一度受けた戦闘職の方々は大層驚いていました。
これだけ安く、強力な治癒魔法が受けられる場所はないと、瞬く間に噂が広がり、1週間後には、教会を訪れる怪我人は倍以上になりました。
以前には教会などには絶対に足を踏み入れなかったような上級冒険者や上級騎士といったいわゆる高級戦闘職の方々まで、男の治療を受けるために教会を訪れるようになりました。
怪我の治療を求めて教会を訪れた方々は、総じて男の治療に感謝し、定めた額よりも余分に治療代を置いていくようになりました。
ずっと財政難に見舞われていた教会の資金繰りは改善され、子供達にもお腹いっぱいのご飯を食べさせてやれるようになりました。
「本当にありがとうございます。あなたのおかげで子供達がお腹いっぱい食べることができています」
「いえ。お役に立てているのなら嬉しいですよ」
男はどうやら自分の治癒魔法の価値に既に気づいているようでしたが、教会を出たいとは言いませんでした。
出会の時の私の行為にどうやら恩を感じてのことのようですが、男の善意をありがたいと思う反面、このような人材をさびれた教会に置いてしまっていることに一抹の罪悪感を覚えておりました。
「遊んで!遊んで!」
「冒険者ごっこやろうよ!」
「ああ、わかった。治療を終えたらすぐに行くよ」
最初は警戒して近づかなかった孤児たちも、すぐに男に懐いてしまいました。
男のおかげでお腹いっぱいご飯が食べられていることをなんとなく理解していることもありましょうが、一番は男の誰に対しても物腰柔らかな態度のおかげだったのでしょう。
中でも男に一番懐いたのが、ずっと周囲と壁を作っていたシエルでした。
「他の子供と……あんまり遊ばないで。シエルと一緒にいて…」
「おうおう。わかってるわかってる」
元々男に懐いていたシエルでしたが、怪我を治してもらってからはますます男のことが好きになったらしく、食事も遊びも、寝る時も、絶対に男から離れないようになりました。
そしてシエルは男を独占したいらしく、他の子供が男に近づくと威嚇するようになりました。
シエルがようやく心を許す相手を見つけてくれたことを喜ばしく思うと同時に、ここまで感情豊かな子供だったことに私は驚きました。
教会を訪れる怪我人はますます増えて、彼らが落としていく治療代もどんどん増えていきました。
財政難だった教会は潤い、ズッと後回しになっていた内装の修繕費さえ出るようになりました。
子供たちには前よりもずっと笑顔が増えて、教会は一変しました。
私は神様が恵んでくれたこの日々に幸せを見出しつつ、これが長くは続かないことをなんとなく予感しておりました。
「冒険者ギルドのマテウスです。こちらに優秀な治癒魔法使いがいると聞きまして…」
「はい…確かにおります」
ギルド長様が教会を訪ねてきたときに、私はついにきたかと思いました。
男の存在は既にこの街の戦闘職の方々の間では有名であるという話でしたし、このような人材がいつまでも放っておかれるはずがないと思っていました。
ギルド長様はどうやら男を引き抜きにやってきたようでした。
男にギルドの専属治癒魔法使いになって欲しいと頼み込み、そのために大金を支払うと言いました。
「わかりました。ただし条件があります」
男はギルド長の提案を飲み、その代わりに二つの条件を出しました。
一つは、自分にギルドから支払われるのと同等の額を教会に寄付すること。
もう一つが、ギルド長様が連れていた犯罪奴隷の解放でした。
私は耳を疑いました。
既に男は、教会に十分な潤いをもたらしてくれました。
教会には男が稼いでくれた治療代のおかげで、向こう一年は食料に困らないだろうと言えるほどの蓄えがありました。
しかし男はなおも子供たちのことを考えて、ギルドから教会が寄付金を得られるように取り計らってくれたのです。
「いいだろう。あなたのような治癒魔法使いはそれほどのことをしてでも引き入れる価値がある。だが、ギルドでは相応の働きをしてもらうからな」
そう言ってギルド長様は去っていきました。
「いっちゃいや!」
「大丈夫。これが今生の別れというわけでもないさ」
行かないで欲しいとせがむシエルをなんとか宥め、私は男の教会に対する善意に何度も何度も感謝の言葉を重ねたのでした。
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