第21話


その男を見つけたのは、日暮れの時刻。


私が市場に子供達のための食糧を買い出しに出掛けたその帰りのことでした。


「これだけ、ですか?」


「悪いね。また値段が上がったんだ。戦争のせいだ」


「でもこれだと子供達が…」


「気の毒だと思うが…こっちも商売なんでな」


私は肩を落として教会までの帰路を歩いていました。


子供達のために十分な食料が買えなかったからです。


最近は戦争続きで物の値段が上がっています。


教会への寄付も減って、可哀想な子供達に十分な食事を出してやることも出来なくなっていました。


子供たちはいま、薄めたスープや腐りかけのパン、時には家畜用の餌まで口にしてなんとか飢えを凌いでいる状態でした。


「どうにかしなければ…」


親のいない可哀想な子供たちの面倒を十分に見れないようでは教会のシスター失格です。


体でも売ろうかしら。


信仰に背く行為だけれど、子供達のためなら神も許してくださるはず…


そんなことを考えながらふと半ばまで渡った橋の下を覗いてみますと、見慣れない男が俯いて座り込んでいました。


その男の顔は酷く悲壮に満ちていて、私は声をかけずにはいられませんでした。


「よければ教会にいらしてください」


「いいんですか?」


職業柄、助けを必要としている人の見分けはすぐにつきます。


どうやら男は、今日一晩夜を明かす宿も見つからず、行き倒れ寸前のようでした。


教会には余裕がありませんが、困っている人を見捨てることはできません。


私は男を教会に案内し、雨風を凌げる宿を提供しました。


悪い人ではないようで、私のしたことに男は何度もお礼を言っていました。




事件が起こったのはその翌日でした。


私が教会の仕事に従事していると、中から悲鳴のような声が聞こえてきました。


あれはシエルの声です。


シエルは昨日私が招き入れた男にすごく懐いていましたので、私はまさかと思いました。


「どうしたんですか!?」


慌てて飛んでいきますと、シエルが男に抱きついて泣いていました。


理由を尋ねると、潰れて失明状態だった彼女の目が治ったというのです。


「本当かしら…見せてみて?」


私は信じられない思いで、シエルの目を確認しました。


「嘘…こんなことが…?」


奇跡でした。


シエルの目は完全に完治していました。


外見だけでなく失われていた視力まで完全に回復していたのです。


「あなたが…これを…?」


「はい…回復魔法は初めてだったんですけど…何か失敗したところはありますか?」


男はそう言って少し照れくさそうに頭を掻いていました。


自分がどれだけのことをしたのか自覚がないようです。


シエルの右目のような傷を治せる魔法があるとしたら、それは最上位回復魔法以外にあり得ません。


それはこの街では、神殿に勤めている神官様以外に使えない非常に強力な治癒魔法であり、治療を受けるには莫大なお金がかかるはずでした。


そんな芸当を男は、初めての魔法発動でやってのけたというのです。


只者ではない。


私は男に素性を尋ねましたが、はっきりとした答えは得られませんでした。


何か、理由があるのかもしれません。


シエルの目を治してくれた方を問い詰めるわけにもいかず、私はそれ以上尋ねませんでした。


それよりも何よりも、私はこの男の力があれば、傾きかけていた教会を建て直せると思いました。


栄養失調状態の子供達にもお腹いっぱい食べさせてやることができるかもしれないと考え、私は男に協力を仰ぎました。


「あなたのお力で、この教会に訪れる方の治療を請け負ってくれませんか?」


「もちろんいいですよ」


男は快く引き受けてくれました。


その日から、男は治療代を折半するという約束のもと、私たちの教会で治癒魔法係を務めることになりました。

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