第19話


イレーナの戦いはまさに圧巻の一言だった。


三人の男たちは乱入してきたイレーナを敵とみなし、襲いかかったのだが、イレーナは三方向から攻撃をまるで軌道が最初っからわかっているかのように華麗に避けていた。


そして腰の剣を抜き放ち、腹で三人の手を打って武器を落とすと、そのまま峰打ちを三人の胴体にそれぞれ叩き込んであっという間に意識を奪ってしまった。


俺は思わずイレーナの戦いに見入ってしまって、しばらくその場に根をはやしたように立ち尽くしてしまった。


「すぐにここを離れよう」


三人を気絶させたイレーナがそう言った。


「仲間が近くに潜んでいるかもしれない。見つかる前に離れないと」


「わ、わかった…でも、どこへ?」


「ついてこい。いい隠れ場所を知っている」


「りょ、了解」


俺が頷くとイレーナが走り出した。


俺はイレーナに置いていかれないように、その背中を追って夜の街を走ったのだった。



「ここまでこればもう大丈夫だろう」


「ここは…?」


イレーナと共にどれぐらい夜の街を走っただろうか。


イレーナが走る速度を抑えた。


俺も走る速度を緩め、辺りを見渡す。


ボロボロの家屋が目に入った。


道はあちこち穴だらけでボコボコ。


その辺に生きているのか死んでいるのかわからない人たちが転がっている。


「貧民街だ」


イレーナが冷たい声で言った。


「貧しいもの、脛に傷をもつもの、病に侵されたもの……そう言う連中が集まる場所だ」


「そ、そうなのか…」


「ここなら追っても簡単に入ってこれない。少し言ったところに私の根城がある。ひとまずそこに身を隠そう」


「わ、わかった」


俺はイレーナについて貧民街を歩く。


「どうしてあそこにいたんだ?イレーナ」


歩きながら、俺はイレーナがあんな場所に居合わせた理由を尋ねた。


イレーナがこちらを見ずに前を向いたまま答

える。


「お前に頼みたいことがあってギルドを訪れる予定だったんだ。そしたらあの三人に連れられて走っていくお前が見えた。嫌な予感がしたので気配を殺して尾行したんだ」


「なるほど…」


「何か恨まれるようなことをしたのか?」


イレーナが振り返り、鋭い瞳で俺をみてくる。


「ど、どうして…?」


「あれはプロの掃除屋だぞ。冒険者でもその辺のゴロつきでもない。雰囲気でわかる」


「そ、掃除屋…?それって…?」


「暗殺家業を生業にしている連中だ。お前をあそこで殺すつもりだったんだろう」


「…やっぱりそうなのか」


俺は肩を落として落ち込んだ。


「誰の差金か、心当たりはあるのか?」


「大体は」


俺はおそらくあの三人を俺に差し向けた黒幕は、この街で治癒魔法を使って荒稼ぎをしているらしい神官様であろうことをイレーナに話した。


「この街に腕のいい治癒魔法使いは二人もいらないってあいつらは言ってた……多分俺が商売の邪魔だから、消そうとしたんだと思う」


「…なるほど。あの下衆な神官の考えそうなことだ」


嫌な記憶を思い出したかのようにイレーナが顔を顰める。


俺は今更ながら彼女に助けてもらったお礼を言った。


「ありがとう……とにかく助かった。君がいなかったらどうなるかわからなかった」


「礼には及ばない。借りを返しただけだ。先に私を奴隷から解放し、救ってくれたのはお前なのだからな」


「そうか…」


あれは本当に気まぐれだったのだが、イレーナを助けておいて本当に良かったと俺は思った。


情けは人のためならずとはよく言ったものだ。


「それで…えーっと、さっき言っていた頼み事ってのは?」


「…ん?」


「俺に何かを頼むためにギルドを訪問する予定だったんだろ?」


「あぁ…そのことか。そう、だな…」


イレーナの表情が曇る。


その目には色濃い悲しみが宿っていた。


「イレーナ…?」


「妹が……死にそうなんだ」


「え…?」


イレーナが悲壮感の漂う表情で言った。


「私の妹が、病に侵されて死にそうなんだ。

もう先は長くない……頼む。お前の力で救ってはくれないだろうか」


「それは…」


イレーナの弱々しい表情を見て、これは相当深刻だぞと俺は思った。

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