第13話


「ほう」


俺の一つ目の条件を聞いてマテウスが目を細めた。


「それは一体どういうことかな?」


「見ての通り、この教会は現在財政的に苦しい状況です。俺はこの教会に恩があります。なので、その恩を返したいと思っている」


「なるほど」


マテウスが何かを考えるように顎を触った。


「どうでしょうか?」


俺は一つ目の条件の是非をマテウスに問う。


マテウスはしばらく難しそうな表情を作った後、言った。


「その前に二つ目の条件を聞こうか」


「わかりました」


すぅっと息を吸い呼吸を整える。


覚悟を決めてから、俺はマテウスの隣……イレーナに視線を注ぎながらいった。


「二つ目の条件は……あなたの奴隷…イレーナを解放することです」


「…!」


イレーナが顔を上げた。


驚きの表情を持って俺を見る。


「ほう…それはまたどうして?」


マテウスが奇異の目で俺を見てくる。


どうしていきなりそんなことを?


そう顔に書いてある。


「別に……単なる気まぐれです。ただ、あなたの彼女に対する扱いが、目に余っただけです」


「こいつは犯罪奴隷だ。こうなるに値する罪を犯した者だ。自業自得では?」


「かもしれない……けど、助けたいんです」


俺がそういうと、マテウスは一瞬理解不能だと言わんばかりの表情を浮かべた。


だが、次の瞬間には半ば呆れ気味にため息を吐き、首を縦に振った。


「いいだろう。条件を飲もう。あなたがギルドの専属治癒魔法使いになってくれるというのなら、イレーナは手放す。それでいいか?」


「一つ目の条件は?」


「正直言ってかなり難しいことだが、しかしあなたという人材は何がなんでも手に入れたい。一つ目の条件を飲もう」


「ありがとうございます」


「ただし…」


釘を刺すようにマテウスが言った。


「金額に値する働きはしてもらう。いいな?」


「それはもちろん」


俺とマテウスは握手を交わす。


契約成立だ。


「ちょっと待ってっ」


背後から誰かがこちらに駆け寄ってくる。


振り返らなくてもわかっている。


シエルだ。


「行っちゃやだっ…ずっと一緒にいるのっ…」


走って駆けつけてきて俺の正面に回ったシエルが、必死にしがみついてくる。


「お願いっ…いかないで…」


潤んだ瞳でしたから俺のことを見上げながら、必死に訴えてくる。


「大丈夫だ。ギルドで働くことになっても、会えるから。またここにくるよ」


「いやぁ…ずっと一緒なの…ずっと一緒がいいのっ」


シエルが泣いて俺の気を引こうとする。


「…っ」


ズキリと心が痛んだ。


ここまで懐いてくれている彼女を無理やり引き剥がすのは正直俺の本心ではなかった。


だがシエルもいつかは独り立ちしなくてはな

らない。


ずっと俺に依存したままではなく、他の子供達とも関わっていかなくちゃならない。


ずっとシエルを俺に依存させておくことはシエルの将来にとって悪影響でしかない。


俺はシエルのことを思って、心を鬼にして教会を出る決断をした。


「すまないシエル。これからは毎日は会えなくなる。でも、絶対にまたここにくるから」


「うぅうう…いやああぁあ…」


シエルが俺に抱きついて泣きじゃくる。


見かねたマリアンヌがそっと俺に近づいてきて、シエルを優しく俺から剥がす。


「マリアンヌさん……ごめんなさい、色々勝手に決めちゃって…」


「いえ…あなたの選択に口を出す権利は私にはありません……けれど、お金のこと、いいんですか?」


「はい」


俺は頷いた。


「あなたに受けた恩は忘れませんよ。あの時、俺は絶望の淵にいた。手を差し伸べてくれたあなたは、正直言って天使に見えましたよ。だから、これぐらい安いもんです」


「…本当に助かります。あんたにはなんとお礼を言っていいか…」


マリアンヌが目元を抑える。


その瞳は、シエル同様潤んでいた。


「どうやら私は邪魔のようだな」


マテウスが俺たちの様子を見ていった。


「後日、ギルドに来てくれ。では、今日はこれで退散させてもらう。いくぞ」


マテウスがイレーナの鎖を引いて立ち去ろうとする。


「ああ、そういえば…」


その途中で思い出したように足を止めた。


「そうだった。お前は、もう私のものではないんだったな」


マテウスがイレーナの首輪に触れて何事か唱えた。


するとかちりと音がなって首輪が外れた。


イレーナが、首輪が外れたことを確認するかのように自らの首を撫でる。


「ではな」


マテウスはヒラヒラと手を振って去っていった。


「…」


後に残されたイレーナが、どうしていいかわからないと言った表情でじーっと俺のことを見つめてきた。



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