第14話


そんなわけで俺はギルド専属の治癒魔法使いとして働き始めることになった。


マテウスが教会にやってきた数日後、俺がギルドを訪れるとすでに俺の部屋まで用意されていて仕事の環境は整えられていた。


ギルドで俺が治癒魔法使いとしてやることは至って簡単で、それは怪我をした冒険者たちの傷を治療することである。


日々モンスターと戦い、様々な怪我を負って俺の下にやってくる彼らは、俺が治癒魔法を使ってやるととても喜び、感謝する。


足の麻痺状態を治してあげたら、泣いて地面に額を擦り付けていた冒険者もいたっけか。


いい歳したおっさんが子供みたいに涙を流して泣き出すものだから本当に驚いた。


まぁそれほど深刻な怪我だったのかもしれな

いが。


冒険者は大体明け方にギルドを出発し、夕方になると帰ってくるため、一番忙しくなるのは日暮の時刻だった。


「あなたがここにきてから、冒険者の死亡率がすでに下がり始めている。素晴らしい働きだ」


「ありがとうございます」


マテウスは俺の働きぶりに満足しているようだった。


俺のおかげでこのギルドにおける冒険者の死

亡率が下がったとも言っていた。


なんでも大怪我をした冒険者たちは、高級な

治癒魔法を受けるお金を持っていない場合、スモールヒールなどの簡単な魔法で一時凌ぎをすることが多いらしい。


そのまま治療の金を捻出できず傷を放置すると、やがて病気になったり、毒が体に回ったりして彼らは死んでしまう。


だが、俺がやってきてからはそうやって治療を受けられずに死んでいく冒険者が極端に減ったらしい。


彼らの日々の依頼料の一部が、俺への治療代に当てられているらしいのだが、彼らはそれに納得しているどころか、もっと俺に金を支払うべきだと言っているそうだ。


「ちゃんと教会に寄付する約束も守ってくれているんですね。ありがたいです」


「もちろんだ。あなたのような人材を手放すわけにはいかないからな」


マテウスは俺との約束を守った。


俺に支払われているお金と同等の額を、教会にも寄付している。


現在の俺は、教会にいた時の倍以上のお金を治療代としてもらっているから、それと同等の額が教会に支払われていることを考えると、相当潤っているはずだ。


シエルを含め、あそこにいる孤児たちは、たくさんの具が入ったスープを食べてもりもり成長するはずだ。


いつも子供達のことを第一に考えているマリアンヌもきっと子供達に新しい服を着せ、お腹いっぱい食べさせてやれていることを喜んでいることだろう。


俺はマリアンヌに受けた恩をようやく返すことが出来たと安堵していた。


「治療お疲れ様です」


「冒険者さんたちの治療お疲れ様です。何かご入用はありますか?」


また冒険者ギルドで働いていると、受付嬢さんたちとも仲良くなったりした。


彼女たちは、総じて容姿の整った美人であり、そんな人たちに話しかけられたり気を遣われたりすると少々ドギマギする。


受付嬢たちがここまで美人揃いなのはきっと、冒険者たちの士気を上げるためとかそういうのもあるんだろう。


彼女たちは、よく俺の部屋にやってきては飲み物や食事を差し入れてくれたり、あるいは業務後の夕食に誘ってくれたりする。


異性にここまでチヤホヤされた経験のない俺は、恥ずかしながら少々舞い上がっていた。


…もちろん彼女たちが魅力に感じているのは俺の容姿や性格というよりも能力と金なのは十分承知の上なのだが。


やめよう。


言ってて悲しくなってきた。


「これ、お弁当。私が作ったの…食べて」


「おう。ありがとうな」


教会と冒険者ギルドの距離はそこまで離れているわけじゃない。


そんなわけで、シエルとマリアンヌは定期的に俺のところへ弁当などを作って持ってきてくれる。


弁当はシエルがマリアンヌに教わって手作りしたやつらしい。


味が薄かったり、形が崩れていたりはするの

だが、俺のためを思って一生懸命作ったのが伺えてとても愛らしい。


「うふふ。シエルが頑張って作ったんですよ。ちゃんと食べてくださいね」


「ええもちろんです。ところで…最近は教会の方は変わりないですか?」


「はい…あなたのおかげで子供たちは元気いっぱいですよ。本当に助かっています」


「ならよかったです」


「それじゃあ…あまりお邪魔しても迷惑なので私たちはこれで」


「ええ。またぜひきてください」


「ほら、シエル。行きますよ」


なかなか俺から離れないシエルにマリアンヌが声をかける。


こっちにきてからずっと俺に抱きついていたシエルはようやく離れて、それから俺のことを咎めるような目で見ながら言った。


「うけつけじょーさんたちに惑わされないで」


「え…?」


「前に来た時に話してるの見た……見たことない顔してた」


「…っ」


見られてたのか。


俺の情けなく緩んだ顔を。


俺は子供相手とはいえ少々恥ずかしくなり、頬を赤くする。


マリアンヌはニコニコしながら俺たちのやりとりを見守っている。


「シエル…すぐに大きくなるから…」


「お、おう…?」


「だから待ってて……うけつけじょーさんと

くっついちゃダメ」


「はっはっはっ。そうかそうか」


「むー」


シエルの物言いに俺は思わず笑ってしまった。


これはいわゆる幼い娘の「将来はお父さんと結婚する!」と同じ類のものだろう。


友情や愛情を、恋愛と勘違いしているのだ。


今はこう言っているシエルもきっと大きくなったら本物の恋を知るだろう。


「それは嬉しいなー。楽しみにしているぞー」


「むー」


「ほら、シエル。もう行きますよ」


何やら不満げなシエルをマリアンヌが無理やり引っ張って退出する。


静寂が俺の仕事部屋に訪れた。


「結構美味しいな」


シエルにもらった弁当を食べながら、俺はイレーナのことを考えていた。


マテウスの奴隷だった獣人のイレーナ。


結局あの後、彼女は俺に感謝の言葉を述べてどこかへ消えてしまった。


行き倒れないように幾分かのお金を渡したのだが、大丈夫だろうか。


今は一体どこで何をしているのだろう。


また悪いことをして奴隷に逆戻りなんてそうなってなきゃいいのだが。


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