第12話


冒険者ギルドについては、俺もマリアンヌから聞いていて少し知識がある。


簡単に言えば、戦闘職の一種である冒険者を統括するための組織である。


その街で暮らす冒険者たちの情報を管理し、彼らに依頼を斡旋したり、戦闘のアドバイスをしたりする。


マリアンヌから冒険者ギルドの存在を聞いてからというもの、もし教会を出たら冒険者ギルドを訪れて冒険者として活動するのもいいかもしれない、とそんなことを考えていた俺だったので、その冒険者ギルドの長が直々に俺を訪ねてくるというまさかの事態に正直かなり困惑していた。


一体冒険者ギルドのギルド長様が俺なんかになんのようなのだろうか。


「ギルド長のマテウスだ。ここに、非常に腕のいい治癒魔法使いがいると聞いた。あなたで間違いないか」


マテウス。


そう名乗った男は、高身長で鋭く、そして冷たい瞳をした人物だった。


冷酷で合理的。


まさに組織のトップに立つ資質を持ったような雰囲気の男である。


マテウスは一人できたわけじゃなかった。


護衛だろうか、一人の獣人の女を連れていた。


獣人の女は、顔自体は人間の美人のそれなのだが、頭から犬の耳のようなものを生やしていた。


そして股の間から尻尾も垂れている。


この世界にやってきて、獣人を見たのはこれが初めてかもしれない。


いや、今までももちろん視界に入ったことはある。


街を歩いている時なんかに、異様に耳が長かったり、獣のような体毛に覆われていたり、顔は大人なのに子供のような背丈の者など、いわゆる異種族の存在は視界に入っており、認識はしていた。


だがここまで間近で見たのはこれが初めてだった。


「気になるか?」


マテウスが俺の視線を見て、手に持った鎖をジャラリと鳴らした。


引っ張られた獣人の女の体がわずかに傾く。


マテウスとその獣人の女が対等な立場でないことは一目で分かった。


獣人の女は鎖に繋がれていた。


奴隷。


そんな単語が頭に浮かんだ。


俺が元いた世界ではとっくに滅んだ身分制度を目の前でまざまざと見せつけられ、少々気分が悪くなる。


しかしまぁ、ここは異世界だ。


そういう文化があるのだと受け入れるしかない。


「こいつの名前はイレーナだ。獣人の犯罪奴隷だ。いろいろ便利なので連れ回している。

気にすることはない」


「…」


俺は無言でマテウスに頷きを返した。


イレーナは全てを諦めたような虚な瞳で目の前をぼんやりと見つめている。


「今日ここにきたのは他でもない。あなたに頼みがあってきた。だが、正直に告白すると、私は現時点であなたの力に懐疑的だ。聞いた噂があまりに突拍子もなさすぎるのでね」


「はぁ」


「なので、誠に勝手ながら、頼み事をする前に、あなたの力を確かめさせてほしい。本当に噂通りの治癒魔法使いなのか…もちろん、魔法に対する対価は払う。これを受け取って欲しい」


「え…」


マテウスが俺に何かを握らせてきた。


恐る恐る手を開いてみると、そこには三枚の金貨が。


冗談だろ?と思ってマテウスを見るが、その表情は真剣だった。


「腕を出せ」


マテウスがイレーナに命令した。


イレーナが言われた通りに腕を出す。


するとマテウスがスラリと腰の剣を抜いた。


「何を…?」


嫌な予感がした直後。


ピッ!


マテウスが剣を振った。


ビシュッ!!!


「…うぐっ」


イレーネの腕に赤い線が入り、血が流れる。


マテウスが剣でいきなりイレーナの腕を切りつけたのだ。


イレーネの表情が苦悶に歪む。


「一体何を!?」


俺は驚いてマテウスを見た。


だが、マテウスはいたって冷静だった。


「さあ、この傷を治してほしい。あなたの治癒魔法で」


「いやいやいやいや!?」


「何、気にすることはない。こいつは犯罪奴隷だ。このような扱いをされるほどのことを今までにしてきたのだ。さあ、早く傷を癒すのだ。彼女のことが哀れだと思うのならな」


「…っ」


無茶苦茶だ。


そう思いながらも、俺はこれ以上イレーナの辛い表情は見たくなかったため、彼女の腕に回復魔法を使用した。


パァアアアアア!!!


いつもの如く眩い光が怪我の箇所を包み、それが治る頃にはすっかりイレーナの腕は元通りになっていた。


マテウスが大きく目を見開く。


「信じられない……噂は本当だったか…」


「大丈夫ですか?」


俺はイレーナを慮ってそう訪ねた。


イレーナは少し驚いたような表情で、自分の腕を触っている。


彼女の腕が問題なく動いているのを見て傷が完治したことを知った俺は、安堵の息を漏らす。


「…」


じーっと、イレーナが俺のことを見つめてくる。


「…?」


その真意を測りかね、俺は首を傾げる。


「逃すわけにはいかないな、この人材を」


唐突にマテウスがそんなことを言ってきた。


俺の手をガシッと掴み、かなり強引に訴えかけてくる。


「あなたの治癒魔法は素晴らしい。ぜひギルド専属の治癒魔法使いになって欲しい」


「え、ギルド専属の…?」


「ああ、そうだ」


マテウスの頼み事とは要するに俺を教会から引き抜きたいという話だった。


俺に教会を出てギルドで専属治癒魔法使いとして働いてほしい。


報酬は、今教会で得ているものの倍以上を約束する。


快適な環境は用意するので、ギルドで働き、冒険者たちの傷の治療をして欲しい。


マテウスの話をまとめるとそんな感じだった。


「はっきり言おう。あなたはこんな見窄らしい場所にいていい存在じゃないんだ。もっといい待遇で働くべき人材だ」


「ここはいい場所です。そんな言い方やめてください」


イラっとした俺がそういうと、マテウスが慌てたように咳払いをした。


「ゴホンゴホン…すまない。別に貶す意図はなかったのだ。ともかく、あなたの腕は素晴らしい。ぜひギルドに来て欲しい。だめだろうか」


「…そうですね」


俺はしばし考える。


「もらえるお金が増えるのは悪くないかもしれません」


「そうでしょう。正直あなたのような治癒魔法使いにならいくら払ってもいいと思っている」


「それはありがたいです。かなり魅力的な提案なので、出来れば受けたいと思っています」


「素晴らしい」


「ただし、条件が二つあります」


そう言って俺は背後を振り返った。


そこにはマリアンヌ、シエル、そしてたくさんの孤児たちが寂しそうな顔で俺を見ていた。


そんな顔するなよ。


そんな意味を込めて彼らに笑いかけた俺は、マテウスに向き直っていった。


「まず条件の一つ目は、俺に払う報酬と同等の金額をこの教会に寄付してください」





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