第11話
俺が教会で治癒魔法使いとして働き始めてから一月ぐらいが経過した。
毎日俺の治療目当てで教会を訪れる戦闘職たちが落としてくれるお金のおかげで、あれほど寂れていた教会はすっかり様変わりを遂げていた。
基本的に俺が治療した客からもらった料金は教会と折半することになっているのだが、俺が治癒魔法係を始めてから教会としての収入が3倍以上になったらしい。
これにより教会の財政問題は一気に改善され、色々手が回らなかったところがみるみるうちに良くなっていった。
お腹を空かせていた教会の孤児たちは、毎日お腹いっぱいまで食べることができて最近肉がついてきた。
また彼らのきている服も新しいものに変わっており、一目で孤児とはわからないほどに小綺麗になっている。
俺がきた時は教会の内装はあちこちガタがきていて見窄らしかったが、収入が増えたおかげで修繕費を捻出することが出来るようになり、だんだんと壊れた箇所が直されていった。
腕のいい治癒魔法使いがいると噂が噂を呼び、教会を訪れる怪我人は日に日に増えていった。
以前までは教会を決して訪れることのなかった有名な冒険者や騎士……いわゆる高級戦闘職の人々も教会を訪れ、俺に治療を求めるようになった。
彼らはほとんどが俺の治療に驚き、感謝して、要求額以上の料金を払ってくれるのでますます俺の懐は温かくなる。
子供達も、最近お腹いっぱいまで食べられているのは俺のおかげだと思ってくれているらしく、すっかり俺に懐き、教会の住人として受け入れてくれていた。
そして俺が治癒魔法係をやるきっかけになったシエルは、あれからますます俺に懐いてきており何をするにも俺と一緒でなければいけ
ないという具合だ。
食事も遊びも就寝も、とにかくずっと俺の側にいて、絶対に離れない。
目の傷が治ったことでシエルは他の子供とも以前よりかは幾分か打ち解けたようだったが、まだ壁はあるようだった。
他の子供が俺に近づくと、睨みつけ威嚇したりする。
特にマリアンヌが俺に話しかける時は、まるで長年の仇敵に対するかのように常に警戒体制だ。
きっと友人である俺を取られるかもしれないと、子供らしい嫉妬をしているのだろう。
ずっと周囲に心を許してなかったという彼女の友人になることができて光栄ではあるのだが、あまり俺一人に依存させては彼女の将来が心配だ。
俺はいつかは教会を出て行かなければならなくなるし、独り立ちさせる方法を考えておかなくてはな、と俺はそんなことを思ったりするこの頃である。
「そーっと…」
「…」
「えいっ」
「甘いぞ」
「なんで!?」
教会の昼下がり。
昼食をとった俺が教会の敷地内にある中庭で休んでいると、背後にゆっくりと息を殺して近づいてくる数人の気配があった。
もちろんイタズラ好きの教会の孤児たちだろう。
俺は彼らに気がつかないふりをして、彼らが俺の背中を木の棒で戦おうとした瞬間、振り向いて木の棒を手で受け止めた。
子供達は驚きに目を瞬かせる。
「絶対にバレてないと思ったのに…」
「残念だったな。バレバレだ」
「くそーっ、次こそはっ…」
「なんで気づくんだよ!」
「マリアンヌなら絶対に引っかかるのに…っ」
子供達は俺に悪戯ができなかったことを悔しがる。
俺は子供達が俺を叩こうとしてキャッチした手の中にある木の棒をしげしげと眺める。
実を言うと、子供達の気配にはもっとずっと前から気がついていた。
彼らが十メートル以上も離れたところから息を殺して俺に近づこうとしていた時点で、なぜか俺には彼らの存在が知覚できたのだ。
「うーん…なんだろうな、この妙な感覚…」
これは最近の俺の悩みではあるのだが、感覚がやけに鋭敏すぎるのだ。
同じ空間にいる人のちょっとした動きが、手に取るようにわかってしまい、それが気になって仕方がない。
遠くからこちらを見ている視線にも、すぐに気がついてしまう。
前はこんなことなかった。
俺はどちらかというと人の視線とか、動きには鈍く、あまり気づかない方だったのだ。
「あ…くる」
まただ。
誰かが教会を出て中庭へやってくる気がした。
「え…?」
「ん…?」
周りにいた子供達が、俺の視線に釣られて教会の横の中庭に通じているドアの方を見る。
「あ、ここにいました」
果たして俺の予想は違わず、教会からマリアンヌが中庭へと入ってきて俺の方へやってきた。
「す、すげー…」
「なんでわかったの…?」
「音なんか全然しなかったよ…?」
子供たちが不思議そうに、俺を見つめてくる。
そんな目で見つめられても、俺自身にもなんでわかったかわからないんだよな。
ただ、誰かが来る、と言う感覚だけがあるんだ。
「お客様がお見えですよ」
小走りに俺の下までやってきたマリアンヌがそういった。
「客?また怪我人ですか?」
「いいえ、違うみたいです」
マリアンヌが首を振った。
「冒険者ギルドから、ギルド長がお見えになっています」
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