第9話
「あなたは何者なんですか…?」
右目が治ったシエルは相変わらず俺に抱きついている。
というかどんどん抱きつく力が強くなっている気がする。
ずっと右目の傷を恥じて周囲と壁を作っていたから、傷が治って嬉しいのだろう。
その気持ちはわかるのだが、さすがにちょっと苦しくなってきた。
「えーっと…何者と言われましても…」
この世界にやってきた事情が事情であるため、俺は素性を明かせずに言葉を濁す。
「もしかして有名な冒険者様なのでしょうか…?もしくは神殿に勤めてらした神官
様…?」
「いえ、そんなんじゃないんです。ただちょっとすみません……あんまり自分のことについて話せない事情があって……泊めてもらっておいて失礼だとは思うんですが…」
「いえ…無理に話さなくてもいいのです…それにしても…」
マリアンヌがシエルの右目を再度確認する。
「本当に治ったの?シエル」
「うん」
ぎゅううとシエルが俺に抱きつきながらそういった。
「ぐお…」
苦しくて悲鳴を上げる俺。
「そんなに強く抱きついちゃダメでしょう?恩人を困らせていいの?」
「あ、ごめんなさい…」
シエルがちょっと抱きつく力を弱める。
しかし抱きつくの自体はやめていない。
マリアンヌがシエルの右目を撫でながらシエルに尋ねる。
「もう見えるようになったの?これが幾つに見える?右目だけで見て答えてちょうだい」
マリアンヌが指を3本立てながら、シエルの左目を隠す。
「さん」
シエルが即答する。
マリアンヌの両眼が再度驚きに見開かれる。
「信じられません……視力も完璧に回復しているみたいです。シエルの右目は完全に失明していたのに……」
「初めて使った魔法だったんですけど……うまくいったならよかったです」
「は、初めて…?初めてでこれほどの魔法を…?」
マリアンヌが信じられないと言った目で俺を見た。
俺はこくりと頷いた。
「何か失敗したところとかないでしょうか?」
「いえ…あなたの魔法は完璧だと思います…ちょっと考えさせてください…」
マリアンヌがこめかみに手を当てて難しい表情を作る。
「…?」
よくわからんが、俺は抱きついたまま離れないシエルの頭を撫でながら待つ。
やがて、マリアンヌさんが何かを決めたような表情になり、俺の目をまっすぐに見ながらこう言ってきた。
「あの……提案があるのですが…」
「はい、なんでしょう?」
「どうか、教会の再建のためにあなたの力をお貸しいただけないでしょうか?」
「え…?」
マリアンヌさんの話しはこうだった。
この教会には毎日怪我をした騎士や冒険者、衛兵といった戦闘職の者たちが、マリアンヌ
に傷を治しにもらいにやってくる。
彼らはマリアンヌに傷を治療してもらう代わりに、少々のお金を払い、それが教会の大事な収入源になっているそうだ。
回復魔法を使える魔法使いは非常に貴重であり、客は途絶えたことがないらしい。
そこで、マリアンヌはここへやってくる怪我人の戦闘職たちの治療を俺にも手伝ってほしいといってきた。
「あなたの力があれば、教会の収入が増えると思うのです。もちろん全てのお金を寄越せとは言いません。半分、いえ、あなたが治療で稼いだお金の3割でも頂ければ、子供達もお腹いっぱい食べられると思うのです」
マリアンヌはそういって少し悲しげな表情を浮かべた。
彼女によれば、ここ最近は戦争続きで徴税が多く、教会に寄付をする人も極端に減ってしまったらしい。
そのおかげで教会は常に財政難であり、ここに住んでいる孤児たちも育ち盛りなのに食事を十分に取れていないそうなのだ。
実際、シエルもマリアンヌもかなり痩せていて顔も骨張っているし、教会の内部を見ても財政的に苦しいのは明らかだった。
マリアンヌはそんな状況を変えたくて俺に助けを求めているのだ。
「そういうことなら、もちろんいいですよ。協力させてください」
断る理由もなかったので俺はマリアンヌの提案を受け入れた。
手を差し伸べてくれた恩人に恩を返したいというのもあったし、何より収入源ができるのは俺にとっても嬉しい話だった。
「ありがとうございます。心より感謝します」
マリアンヌが丁寧にお辞儀をする。
俺はふと疑問に思ったことを彼女に尋ねた。
「けれど、回復魔法はマリアンヌさんも使えますよね…?ここにくる人は限られているとは思うし……俺が回復要因に回ったところで収入は増えるでしょうか?あ…もしかして回復魔法は1日に何回までしか使えないみたいな回数制限があったり…?」
「いえ、そういうことではないのです」
マリアンヌが首を振った。
「私が使える回復魔法はスモールヒールと言って、小さな傷を癒せる程度なのです。ここにくる人たちも、小さな怪我をしたものか、高い治療を受けることのできない人たちばかりなのです。あるいは大怪我の痛みを一時的に和らげたい人など……私の魔法では大したことは出来ないのです。でも、あなたの魔法があれば、大怪我も癒せるし、ここに治療にくる人も増えると思うのです」
「なるほど…」
どうやら俺の使った回復魔法は、マリアンヌの回復魔法よりも強力なものらしい。
考えてみれば当然の話で、もしマリアンヌが俺と同等の回復魔法を使えるのならとっくにシエルの傷は治っているはずだ。
俺はマリアンヌとの会話から、だんだんと回復魔法使いの希少性、自分の回復要因としての価値を感じ始めていた。
「了解しました。この教会のお荷物になっていることに罪悪感を感じていたところなので、お役に立てるのなら嬉しいです。すぐにでも治療に協力しますよ。お金は……普段マリアンヌさんが稼いでいる額を超えるまでは俺は一切受け取りません。金額がそれ以上になったら、そこからは折半にしませんか?」
「…いいのですか?」
マリアンヌさんが信じられないと言った表情で俺を見た。
俺は彼女の目を見て頷いた。
マリアンヌが出会った時の慈愛の笑みを浮かべる。
「感謝します。あなたは…とても欲の少ないいい人なのですね」
「いや…そうでもないです。自分の収入のためでもあるので」
「いえ、あなたはいい人です」
そう言ってマリアンヌは口元に手を当てて喜んだ。
俺も美人な彼女に褒められてちょっと照れ臭くなり、頭を掻いて誤魔化した。
「むー」
ぎゅううううう…
「うぐっ!?」
あの、シエルさん?
そんなに強く抱きつかれると本当に苦しい…
「うふふ」
俺がなんとかシエルの拘束から逃れようとしているのを見て、マリアンヌはおかしそうに笑っていた。
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