第8話


「目の傷…なんで知ってるの…」


シエルが一瞬硬直した後、さっと顔を背ける。


常に手で隠していることからもわかるが、右目の傷のことを相当気にしているようだ。


「すまん…マリアンヌさんに聞いたんだ」


「そう…なんだ…」


明らかに声のトーンが下がるシエル。


あまり触れてほしくなさそうだ。


しかし、もしかしたら彼女の役に立てるかもしれないと思った俺は、罪悪感を覚えながらもシエルに言い募る。


「少しでいい。見せてくれないか?」


「いやだ…どうして?」


「ほんの少しだけでいいんだ。もしかしたら……お前に何かいいことをしてやれるかもしれない」


「いいこと…?」


「出来るか出来ないか、まだわからないんだ。でもうまくいけば……その傷を治せるかもしれない」


「…!」


シエルがくるりとこっちを見た。


手で隠していない方の目が大きく見開かれる。


「治るの…?本当に…?」


「かもしれない。可能性があるだけだ」


「可能性…」


シエルはしばらく迷うような仕草を見せたが、やがて決心がついたように俺を見た。


「絶対に……気持ち悪いって言わない?」


「言わない」


「笑わない?」


「笑わない」


「バカにしない?」


「そんなこと絶対にしないさ」


「…わかった。信用する」


シエルが恐る恐る手をどけて隠していた右目を顕にした。


シエルの右目の傷は、思ったよりも酷いようだった。


眼球が完全に潰れて、どう見ても失明している。


「あんまり……じっと見ないで…」


「す、すまん…」


俺に潰れた右目を見られて、シエルが気恥ずかしそうにもじもじしている。


俺は慌てて目的を思い出し、シエルの潰れた右目に手を翳した。


「えーっと……魔法発動ってどうやるんだっけ…」


思えばこの世界にきてから何度か魔法発動の

瞬間を目にしてきたが、その詳しいやり方まではわからないことに気がついた。


「うーん…何か詠唱みたいなのがあるのか…けど、そんなのどこにも書かれていないし…」


ステータスには魔法名は書かれてあっても詠唱のようなものは書かれていない。


一体どうすれば魔法を発動できるのか、ガイドラインのようなものがあればいいのだが。


「…」


シエルの期待するような目が俺を見つめている。


「い、いくぞ!」


ええいままよと、俺は多少の気恥ずかしさを感じながらシエルの傷に向かって手を翳し、ステータスに表示されている魔法名をそのまま口にした。


「パーフェクトヒール!!」


パァアアアアアアアアアア…!


「うお!?』


まばゆい光が発生した。


俺が驚きの声をあげたのも束の間、目の前で信じられないような変化が起こった。


シエルの潰れた目が、まるで時間を巻き戻すかのようにあるべき姿へと戻っていく。


そして光が収まる頃には、嘘のように完全に治癒していた。


シエルが両の目でパチパチと瞬きをする。


「出来た…出来ちまった…」


「嘘…治った…?」


シエルが信じられないと言った表情で、恐る恐る自分の右目に触れる。


そしてそこに、先ほどまではなかった自分の傷ひとつない眼球がしっかりあることを確認する。


「あう…」


「シエル…?」


「うわぁああああああ…」


じわーっとした泣き声をシエルがあげた。


嬉しさと安心と驚きが混じったようなそんな泣き声と共に、シエルが俺に抱きついてきた。


「お、おう…よしよーし…なおってよかったなー…」


「ありがとぉ…うぅ…ありがとぉ…」


俺は胸の中で泣きじゃくるシエルの頭を撫でる。


「ちょっと、どうしたんですか!?」


シエルの泣き声を聞いて、心配そうにマリアンヌが駆けつけてきた。


そして俺に抱きついて泣いているシエルを見て疑問符をその顔に浮かべる。


「一体何が…?」


「目が…シエルの目が…治ったの…」


「え…?」


シエルが完全に治った右目をマリアンヌに見せた。


マリアンヌの目が大きく見開かれる。


「嘘でしょう!?一体どうやって!?」


シエルが、この人が治したとそういう意味を込めて俺の顔を見た。


マリアンヌが驚いたように俺をみる。


「あなたが…?」


俺は頭を掻きながら言った。


「は、はい…なんか、まぁ」


「信じられない…」


マリアンヌは本物かどうか確かめるように、シエルの右目に触れて撫でながら言った。


「あの傷を完全に治すなんて……それこそ神殿の神官様が使う最上位治癒魔法とかでないと不可能なはずなのに…」


「…最上位治癒魔法」


マリアンヌのいうことはよくわからなかったが、少なくとも先ほど使った治癒魔法がかなりの優れものであることはなんとなく理解できる俺なのだった。

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